導水琑言(ひらがな版)

目次


導水琑言の序

故侍御医(※)和田韞卿(※)は方脈を以て天下に聞えども、方論を著さず、為すを以てこの意する所を解す。 口にて言うことあたうなし。 ただ『導水琑(※)言』の一書、即ちそのしばしば試したる験を記すものなり。 此れ特に導水の一法を挙げるといえども、よくこれを反すこと、すなわち一尺の矩とし、定むを以て天下の方とすべきか。 今嗣(※)、泰き中、将に梓して世に公とす。 余に序を問う。 余、以為(おも)えらく、太史公の倉公伝を作すは、その診する所を録すためなり。 後世、古人の診法を観んと欲する者は、これに於いて手に取る。 その診藉(※)の因関(※)、導水の治験、この編に未だ載らざるものは頗る夥し。

※侍御医―天子の医療にあたった医師。侍医の別称。
※韞卿―和田東郭の字。
※琑―サ、小さい、細かい、取るに足りない。
※今嗣―今次(今回、今度)のことか。
※診藉―診察録という意味か。(『存誠藥室診籍』といえば江戸期の漢方医の診察録である)
※因関―診察や処方の由来や関係性といった意味か。

今、その三則を挙げて云う。 一夫、嘗て疥癬を患う。 已に愈え、満身洪腫、溺澁(※)、気役(※)す。 衆医利水の剤を与えるも験なし。 乃ち四物加香附子甘草浮萍湯を使いこれを服し、日ならずして諸癃(※)尽く除く。 利水して利せざるを知る所以は、その脈を診し微にして細、膚嗇(※)し、腠枯し、心下痞塞し、腹満にして無力。 病を得たる因は疥癬を患うことなり。 営燥衛泣、水道これにより不利するなり。 一士、江戸に徇役し、両脚の浮腫、筋攣肉痺を患う。 衆医以為(おもえ)らく、脚気(※)としてこれを治し、験なし。 京に来たりて師に治を請う。 韞卿曰く、「これは疝瘕(※)なり」と。 即ち、四逆散加呉茱萸牡蛎劉寄奴湯となしてこれを与う。 三旬(※)の末に病は已む。 脚気にあらざるを知る所以は、その脈を切して沈緊、心下痞硬、脇下逆満(※)、臍の左に塊が有りて胸腹に動なく、気息常の如し。 故に曰く疝瘕と。

※溺澁―『素問』腹中論にあり。 「帝曰、人有身体髀股囲皆腫、環斉而痛。是為何病。岐伯曰、病名伏梁。此風根也。其気溢於大腸、而著於肓。肓之原在斉下。故環斉而痛也。不可動之。動之為水溺渋之病。」 小便が出難く(溺)、出渋る(渋)ことか。
※気役―不明。『漢方用語大辞典』に「気呃」とあるが読みは「きあく」である。 意味は、「呃逆の一種。気機の欝滞及び気虚により呃逆するもの」となる。 呃逆はいわゆるしゃっくり、からえずきのこと。
※癃―①小便不利のこと。②小便頻数のこと。③淋のこと。④疲れる、病む、あるいは老衰の意味。
※膚嗇―嗇は『傷寒論』にある「嗇嗇(しょくしょく)」と同じ意であろうか。 『漢方用語大辞典』には「身体が縮むという自覚症状。 悪風、悪寒などの時のぞくぞくとする形容詞として用いられる」とある。
※脚気―湿邪風毒を感受したり、厚味のものを食べすぎることにより、湿が溜って熱を生じ、脚に流注しておこる。 その症状は、腿脚におこり、麻木・痠痛・軟弱無力・あるいは攣急・腫脹・萎枯・脛の紅腫・発熱がある。 病が進むと腹に入り心を攻め、小腹不仁、嘔吐して食することができず、心悸・胸悶・気喘・神経異常・言語錯乱などをあらわす。
※三旬―一月の上旬、中旬、下旬。すなわち一ヶ月。
※疝瘕―①風邪が熱と化して下焦に伝わり、湿と相結しておこるもので、小腹が熱痛し、尿道より白色粘液の流出がある。 前立腺炎に類似している。 ②風寒と、腹内の気血が相結しておこるもので、腹皮の隆起がみられ、そこを押すとその隆起が移動し、腹痛が腰背にまで及んでいるもの。(『漢方用語大辞典』)
※脇下逆満―脇下は脇肋下をいい、脇腹のこと。 (胸脇)逆満は、腹部から胸部にかけて充満感が逆上すること。(共に『漢方用語大辞典』)

一婦、浮腫脚弱、筋攣、気急(※)す。夜に至り気が左脇より胸鬲を賁衝し、煩悶し寐に触れず。 衆医以為らく脚気としてこれを治す。 験なく乃ちその腹を按ずるに、心下拘急、胸下痞して動あり、然るに心中は悸せず、身に麻痺するところなし。 即ち大柴胡加竜骨牡蛎呉茱萸甘草湯となしこれを与う。 一剤にして知り、十剤にして愈ゆ。 脚気にあらずと知る所以は、その脈を切し、弦にして緊、病これを得るは肝気亢して中に気塞し、水道これにより不利するなり。

※気急―呼吸促迫のこと。(『漢方用語大辞典』)

之煕(※)が曰く、古の喜く兵を用いる者、法は初め同じからざるは無くも、用は同じからず。 子儀(※)の寛を以て、光弼(※)の厳を以て、王剪(※)の衆を以て、謝玄(※)の寡を以て、孫臏(※)は竈を減じて、虞詡(※)は則ち竈を増す。医家の察、四然二反(※)、また何ぞ異なるか。 呉廷紹(※)は楮実湯を以て喉痺を治し、姜豆湯を以て脳痛を治す。 衆医は其の方を記し、他日これを試すも皆、効無し。 故に曰く、古方の今の病を治すは、なお旧屋を拆し、新屋を建てるごとし。諸家に医案有るは、旧を拆し新を建す方の所以を示すなり。 趙玄度(※)は医書を聚むるを好み、医蔵をなす。繆仲醇(※)これを指して曰く、「此れ皆、人の誤まれる物なり」と。 仲醇、豈、医書を読まざらん者か。 恐らく法を混し人を費すなり。 所謂、書を以て御す者、馬の情を尽くさず(※)。 後学者、この編によって一副の活眼力を具え得て、なお趙玄度の為すを免れるのみか。
文化二年(※)九月
    栲亭源之煕撰并書

※之煕―源之煕(一七四四~一八一九)か。村瀬栲亭、本名が源之煕(ゆきひろ)。 江戸時代後期の漢学者・儒学者。医を堀元昌、濡を武田梅竜に学ぶ。 京都で和田東郭ら当代の文人、画人と交流があった。(wikipedia)
※子儀―郭子儀(六九七~七八一)のことか。 中国、唐朝に仕えた軍人・政治家。寛厚な人柄で人間性に優れ、皇帝から唐の国民、国外の遊牧民、庶民にいたるまですべての人々に敬愛されていたという。(wikipedia)
※光弼(こうひつ)―李光弼(七〇八~七六四)のことか。 唐代の武将。厳毅(心が強くしっかりしている、物に動かされない、たけだけしい、つよい、などの意)な人柄であったという。(wikipedia)
※王剪(おうせん)―中国戦国時代の秦の将軍。楚を平定する際、六十万という大軍を巧みに用いた(wikipedia)。 このことから「衆」と言っているのであろう。
※謝玄(しゃげん)―中国東晋の将軍(三四三~三八八)のことか。 少数精鋭の兵を以て武功を立てることが多かったようである(wikipedia)。王剪に対比させて「寡」と言っているのであろう。
※孫臏―中国戦国時代の斉の軍人・思想家。 敵軍を欺くために、陣営の竈の数を徐々に減らし、脱走兵が相次いでいるように見せたという逸話がある。
※虞詡(ぐく)―中国後漢時代の軍人。 陣営の竈を増やすことで、兵士の数が多いように敵軍を欺いたという逸話がある。
※四然二反―四つの然(無不同)と、二つの反(不同之用)を示すものか。
※呉廷紹―『南唐書』巻二、本紀第二。巻二十四、方術伝第二十にこの逸話がある。
※趙玄度―趙開美(一五六三~一六二四)のことか。字は玄度。
※繆仲醇―名は希雍、字は仲醇。明代の名医。(一五四六~一六二七)
※書を以て御す者…『戦国策』前漢の劉向の作。書物の知識だけで馬を御する者は、馬の心情までは理解できない、兵法書を読んだだけでは軍を指揮できない、という意。
※文化二年―一八〇五年。

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導水琑言

○それ水腫の病、その症さまざま有りといえども、よくその脈症を審らかにするに三候に過ぎず。 よくこの三候を識得して、然る後に薬を施さば、恐らくは大なる過なからん。 これ水腫を療するの一大要領なり。 ただ水腫の治のみに非ず、万病、皆この三候を以て本とす。 必ず倉卒(※)に診察することなかれ。 所謂三候とは何ぞや。曰く実腫の候なり。曰く虚実間腫の候なり。曰く虚腫の候なり。 実腫はその腫多しといえども治すること容易なり。間腫これに次ぐ。虚腫またその次なり。 然れども、この三症は、よく彼の三候を識得して薬を施せば治せずと云うことなし。 ただ極虚の腫はその腫些少なりといえども薬効なし。故にこれを不治腫と名づけて療せず。 不治腫の診法左に詳なり。ここに贅(※)せず。

※倉卒―とつぜん、あわてて。
※贅―いぼ、こぶ、むだ、よけいな、といった意味がある。

○凡そ実腫はその腫しっかりと堅く勢いありて、手にて按ぜば凹めども、手をはなせば乍(たちまち)故(もと)の如く肉脹す。 虚腫は勢なくその腫ふわふわと和らかにして、按ぜどもその跡急に起り難し。 これ順症の腫状を以て虚実を弁ずるの梗概なり。また虚腫にて石の如く硬きあり。 その候実腫に紛れやすし。実腫にてふわふわと和らかなるあり。その候亦大いに虚腫に疑わし。 此に症を弁ずること他なし。ただ脈の虚実と腹の虚実と皮膚の虚実と舌色の虚実と眼中の虚実と腎間の動とを参候して、然る後に始めてその虚実を知るべし。 吾門これ以て六診と云う。六診の内、腎間の候、舌色の候、皮膚の候、皆別に口伝あり。 又、一種、腫多く有りながらその水、肌表に達せず皮膚に皺よりたる者あり。これ大虚の腫なり。 又、一種、腫の形状前症の如くなるか、又は石の如く堅き腫にて腹腰より以下、夥しく腫て、臂肩胸背甚しく羸痩する者あり。これ亦大虚の腫なり。 右の二種、多くは不治に至る者なり。又、実腫にて腰腹以下多く腫て、上部腫なき者あり。 これは臂肩胸背、唯、腫なきのみにて羸痩するには非ず。 能能心を用いてこの処を弁じ、且つ六診を審らかにしてその実腫たることを知るべし。治法後に附す。

○凡そ水腫の虚実は他病と異にして、実腫といえども脾胃の虚よりして発する者なれば、攻利の劇剤を用いてなお、なお脾胃を損すること勿れ。 唯、病に於て益無きのみに非ず、人を損ねること甚多し。深く是を慎むべし。 これ水腫を療するの一大戒なり。余、声に吠へ耳に食してこの説を立てるに非ず。 往年この病因を深く考へず、満腫の症に遇えば、必ず巴豆、甘遂、桃花、牽牛の類を以て瀉下を逞す。 唯、病者を苦悩せしむるのみにて効を全うすること甚だ希なり。 邂逅(※)に効を得ることありといえども多くは遠からざる内に再び満腫す。 この時に至りて再び瀉下の剤を投ずれどもその効、始の如くならず。 斬斬に異症蜂起して終に救うべからざるに至るものあり。 この時に當て余が満腔(※)子一箇も他の手段なければ、唯、水腫は治すべからざるの病と錯悟し、凡そ一歳餘も水腫の治を施さざりき。 然れども、もとより方術を好むの癖深ければ、手を空しくして治を施さざるも心に於て隠ならず。 及(すなわ)ち、博く古人の方籍を読み始て、その病因を了悟し、次にその法方を取捨し、これを病に徴して、その実効を推し、方薬を取用いること至りて簡約にして無数の症に応ず。 縦横に治を施すもの今にして五年餘なり。極虚不治の症は験なしといえどもその他の諸症は効なしと云ことなし。 総じて水腫は小水より利せずして大便より瀉下を取るは益なきものと知るべし。 勉て方症をよく対配し小水より通じ去るべし。 然れども実腫の勢、甚だ盛んにして二便閉塞し、利水の剤を投ずれども涓滴(ケンテキ※)も利せず、腹脹鼓の如く、呼吸逼迫し、苦悶して死せんとするものには甘遂末、野薔薇実、桃花の類を投じて下を取るべし。 然れども、しばしば(※)すべからず快下利して病勢ゆるまば、能能、診候してその方症を対し、平和なる行気利水の剤に転ずべし。 これ実腫に已ことを得ざるの奇策にして常法に非ず。

※邂逅―思いがけずに会うこと。
※満腔―全身、身体中。
※涓滴―したたり。しずく。
※シハシハ―屡(しばしば)か。

○凡そ、水腫の脈、沈実にして力あるを実とし吉とす。沈微沈細にして力なきを虚とし凶とす。 浮虚浮大にしてこれを按じて精神なく、例えば風に木葉の散るが如く、木の水に浮くが如くなるものはいよいよ虚にして凶と知るべし。 腫状、舌色、その他の諸侯とも皆、虚候なるに、その脈、反って弦緊洪大にして強くこれを按ぜどもその脈勢いよいよ盛んにして、うつくしく丸みあること聊(いささか)も無く、例ば薄き竹箆(へら)にて指頭を弾くようなる者は、これ極虚不治の脈なり。

○凡そ水腫の舌、甚だ薄き白胎(※)にして潤沢あるは実腫の軽症なり。 厚き白胎、又は黄胎のものは一層重しと知るべし。然れども虚腫の舌にも白胎、黄胎あり。 腫状と脈状とを参考してその虚実を弁ずべし。白胎にて枯骨の如く乾燥するもの多くは大虚の舌なり。 黒胎、虚実二種あり。この舌、口授に非ざれば明らかなりがたし。故にここにこれを略す。 厚き白胎、又は黄胎にして舌の四辺紅鮮にして、例えば緋帛にて縁を取りたるが如くなる者、又、舌に胎なく火の如くにして乾燥せざる者、皆、虚候なり。 又、胎なく殷然(※)として火の如く乾燥甚く、或いは白灰色にて乾燥甚きもの供に極虚不治の舌なり。 又、白胎、黄胎、或いは胎なく赤色なる舌にても舌の左右の縁に紫黒色なる斑点あるもの、これ虚候にして結毒あるの舌なり。 総じて諸病ともに舌傍に紫黒の点を生ずるは皆、結毒のノ候と知るべし。 この外、舌候数多くあれども形色相似て紛れ易きゆえ、ここに載せず。 凡そ舌候、脈候ともに水腫のみに非ず。万病、皆是を以て候うべし。

※胎―苔と思われる。
※殷然―勢いが盛んなさま。

○凡そ水腫の大便秘硬なるを実とし吉とす。下利(※)するものを虚とし凶とす。 又、大便下利もせず常の通りにて一日に五、六度も通ずるあり。 又、気急、昼夜に五、六度も発し、その発する度毎に大便を催すものあり。 この二症、皆大虚の兆なり。又、実腫にして利水乏しく水穀分かちがたく下利する者あり。 虚腫にして大便秘渋する者あり。仔細にその腫状と六診とを参考して混同すべからず。

※下利―下痢のこと。

○凡そ水腫の症、食を嗜む者を実とし吉とす。食気なき者を虚とし凶とす。 又、虚腫にして食を貪る者あり。この症、皆、脾胃虚損の甚だしき者にして吉兆に非ず。 又、実腫にして心下痞塞甚だしく、食を思わざるあり。 この症、亦前条の如く、腫状と六診とを審らかにして虚実を弁ずべし。

○凡そ水腫の吐血、痰血、下血ある者、多は不治の症と成り易し。 然れども十中一、二は救うべき者あり。能能、診候を審びらかにすべし。 これ血症の後に腫を発する者を云うに非ず。水腫中に血症を兼ねるを云うなり。

○凡そ水腫を病む人は、堅く塩を禁ずべし。麦飯を和らかにたき昆布を水煮にしてその汁をかけて食すべし。 汁の内へおろし莢菔(※)、浅草海苔(※)などを和するも苦しからず。 或いは昆布の塩を入れ、冬瓜、赤小豆などを煮て食するも宜し。 鳥獣魚亀は云うことを待たず膏梁の飯を食するも甚だ宜しからず。 唯、前にのぶる通りの至極淡薄なる食を与うべし。必ず飽満せしむべからず。 それ食の飽満する時は脾気転せず。脾気転せざる時は水道通ぜず。 故に淡薄を食せしめ塩を禁ずるは水道を利せんが為なり。これ水腫を療するの一大手段なり。 脾胃大いに虚損する者、又、極虚に至らざるも、しばしば下利する者は麦飯によろしからず。 陳倉米などの味の至りて淡きものを一合、或いは一合五勺ばかりを稀き粥となし、斟酌して一日の食とすべし。 これ亦、一手段なり。麦もしくは米多く食せしむるもその量二合にはすぐべからず。 凡そ水気尽きるの後、五十日許りも塩を禁じ、いよいよ再発の萌も無ければ徐徐に塩を食せしむべし。

※莢菔―大根の漢名。莢菔子(らいふくし)は生薬。大根の種子。 (ウチダ和漢薬ホームページ、「生薬の玉手箱」より)。 『名医別録』(三~四世紀に成立)に記載あるとのこと。
※浅草海苔―品川大森辺で採った海苔を浅草で製して売ったのでこの名がある。 紫海苔の称。(『江戸語の辞典』前田勇編@講談社学術文庫より)

○凡そ水腫を病む人、固く浴湯を禁ずべし。水腫を病む人、浴湯すればその腫いよいよます。 水気尽るの後、早く浴湯するも宜しからず。その腫多くは再発する者なり。 大法水気尽きるの後、軽き者は三十日、重き者は六十日許りを経て、これを許すべし。 必ず軽忽にすべからず。

○凡そ水腫を病む人、最も房事を謹しむべし。 呼吸逼迫等の苦悩もなき腫を病む人は、閑暇無事なるよりして欲情を動じ、間間欲事を犯すものあり。 慇懃にこれを告戒すべし。若しこれを謹しまざる人はその水、通利しがたし。 大法水気尽るの後、半歳許り固くこれを謹しむべし。 若し法の如くせざればその腫、再発して頻年腫を患うるものなり。

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実腫治法〔并〕方

○水腫、心下痞硬、小便短少にして大便秘硬し、その腫、勢いありて、しっかりと堅く指を以て按ぜば暫く凹めども手をはなせば乍(たちまち)故(もと)の如く肉脹し、その脈沈実にして力ある者、これ実腫なり。 分消湯を用ゆべし。若し水気多く腹部に聚り腹脹甚だしき者は三聖丸を兼用すべし。毎服一銭白湯にて送下す。一日に二次。若し腹脹減しがたき者は、増て三、五銭に至る。

 分消湯方
朮  茯苓 猪苓 澤瀉 大腹皮〔各大〕 橘皮 厚朴 枳実 縮砂  香附子〔各中〕 蜜香 甘草〔各小〕 生姜〔中〕
右、水二合を以て煮て一合を取り、滓を去り分ち温めて両度に服す。昼夜三剤を用いる。  若し胸中微飲ありて微喘する者には蘇子を加う。水気脇下より上衝する者には呉茱萸を加う。

○腫状、脈状、及び心下の痞、大抵分消湯の症に類して、唯、心胸痞悶、脇肋膨膨として飲食を思わず、志気欝結し怏怏として楽まざる者は分心気飲を用ゆべし。

 分心気飲方
肉桂 茯苓 半夏 通草〔各中〕桑白皮 橘皮 羌活 腹皮 蘇葉〔各大〕  芍薬 甘草 生姜 燈芯〔各中〕
右、水にて煎ずる。症に随いて出入加減すべし。

○腫状、脈状、大抵分消湯に類して心下覆盃の如く、痞硬最甚だしく、纔(わずか)に身を動揺すれば、気息逼迫するもの、これ水もっぱら心下に結聚するなり。 他の薬にて救うべきものなし。外台黒豆湯を用ゆべし〔この症、心下の診に口伝あり。 筆授の尽すところにあらず〕。もし腹満減じ難き者は三聖丸を兼用するもよし。 もし脇下より水気上衝することあらば木茱丸を兼用すべし。 三、四銭目より五、六銭目に至る。或いは方中に呉茱萸を加えるもまた可なり。

 黒豆湯方
桑白皮〔大〕檳樃 茯苓〔各中〕
右、三味、黒豆煎汁二合を以って余薬を入れ、煮て一合を取り滓を去り分ち温めて両度に服す。
 黒豆煎汁を作る法
新しき黒豆一合半を洗浄し、砂鍋に内れ、水一升二合を以て煮て六合を取り、黒豆を去り汁を用ゆ。  即ち六合を以て前薬三剤の水とす。
又、黒豆をひきわり前薬一剤に二銭目を合し、水二合を以て煮て一合を取り用ゆ。  その効、本方にことならず。

○凡そその腫状、脈状、黒豆湯の症に類して、心下痞硬また一層甚だしく、呼吸逼迫し利水しがたきもの呉茱萸橘皮湯を用ゆべし。 この方、黒豆湯に比すればその病勢一等劇なる者に宜し。

 呉茱萸橘皮湯方
呉茱萸 橘皮 枳実 茯苓〔各等分〕
右、水にて煎ずる。症に依りて犀角を加へ、或いは一角を兼用することあり。 又は半夏厚朴湯に犀角一角を兼用するものあり。虚腫には附剤に一角、或いは犀角を加うることあり。 犀角と一角と効験の差別あること、屡しば実験を得て一家の口授あり。

○腫状、脈状、大抵分心気飲の如くにして、唯、心下急縮甚だしく胸隔満悶、利水しがたく呉茱萸橘皮湯など用ゆるに至らざる者は理気湯を用ゆべし。

 理気湯方
即ち半夏厚朴湯の方内の蘇葉を蘇子に代えて、橘皮枳実桔梗連蕘(※)を加うる方なり。 若し心下和し難く、利水少なきは麦芽犀角を加うべし。

※連蕘―連翹か。

○凡そ、その腫状、脈状、大略分消湯の症に類して、喘咳甚だしく呼吸短促なるもの、これ水、胸中に聚るなり。 先ず、その上を疏すべし。越婢加朮苓湯これをつかさどる。 或いは云う、この症、背悪寒と煩渇とを主として用ゆと。この説、的当の論に非ず。 悪寒と渇とは有るもあり、又、無きもあり。畢竟、水気胸膈に聚り喘咳などあるを主とし用ゆべし。

 越婢加朮苓湯方
麻黄 石膏 生姜 大棗 甘草 雲朮(※) 茯苓
右、水にて煎ずる。若し腹脹甚だしき者、三聖丸を兼用す。
 三聖丸方
鉄粉〔煆赤(※)〕 禹余糧(※) 蛇含石〔各等分〕
右、各末となし糊にて丸とすること梧子大。
水気専ら腹部に結聚し、腹脹気急(※)、小水不利する者、この丸、大に験あり。 然れども虚腫腹脹の者には効なし。よく三候六診を審にして過つことなかれ。

※雲朮―不明。蒼朮の誤記であろうか。
※煆赤―不明。例えば、煆焼は「鉱石などの固体を加熱して熱分解や相転移を起こしたり、揮発成分を除去したりする熱処理プロセスである」とある(Wikipedia)。
※禹余糧―不明。禹余粮であろうか。
※気急―呼吸促迫のこと。『漢方用語大辞典』

○実腫、四肢十分に腫脹し、心下痞すれども硬に至らず、腹部満すれども脹に至らず、手を以て腹を按ずるに空濡なるが如くにして、腹底隠隠として力あるもの疏水湯と症なり。

 疏水湯方
赤小豆〔一銭二分〕 大棗〔九分〕 地膚子〔七分〕 猪苓 沢瀉 茯苓〔各四分〕 黒牽牛〔三分〕
右七味、各おの炒め、水にて煎ずる。 若し心下痞して食を思わず、志気舒暢せざるものは宿砂、木香、青皮各二分を加う。

○満身洪腫、その腫手を以て按ずるに、しっかりと力ありて、その跡、忽に起脹し腫脹極て甚だしけれども、嘗て呼吸に礙らず、気息平常の如くなる者、猪苓湯の症なり。 又、一種、腫の勢、前の如くして、腰以下満腫すれども臂肩胸背少しも腫なく、呼吸平常の如くなる者、これ亦、猪苓湯を用ゆべし。 渇の有無を問わず、必ずこの湯を用いて先ず下を疏すべし。大いに奇験あり。 然れどもこの二症、虚腫に紛れやすし。能能、三候六診を審らかにしてその実腫たることを弁ずべし。 又、腫状、脈状、前症の如くにして心下痞満し怏怏として楽まず気息少短、促なるは大橘皮加膠湯を用いてその上を和し、且、その下を疏すべし。

 猪苓湯方
猪苓 沢瀉 茯苓 阿膠 滑石〔各等分〕
右、水にて煎じる。
 大橘皮加膠湯方
橘皮 茯苓 猪苓 沢瀉 桂枝 木香 朮  甘草 檳樃 生姜 滑石 阿膠
右、水にて煎じる。

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虚実間腫治法〔并〕方

○腫満、指を以て按ずるに濡硬その中を得て、肌表ぴかぴかと光沢あり。 その脈実にして稍(やや)浮数を帯うる者、これ実にして虚を兼ねるの症なり〔この診、口伝あり。 筆授の尽すところにあらず〕。温薬にてこれを導くべし。大蒜煎に宜し。 若し病人蒜臭を悪む者には、鯉魚煎を以てこれに代うべし。 若し又、鯉魚の腥を悪む者には鯉魚霜を用ゆべし。

 大蒜煎方
赤小豆〔一合〕 蒜 生姜 生商陸根〔各三銭、目細剉(きる)〕
右四味、先ず赤小豆と水とを以て砂鍋に入れ、火上に安じ、次に三味を以て布袋に入れ、赤小豆の中に著し、これを煮ること凡そ二時許、赤小豆熟爛の時を候うて布袋を去り、赤小豆を食せしむ。 一日に一剤、若しその多きを厭(いと)む者は剤の半を減ぜよ。 唯、病人の食量に随いて増損すべし。
 鯉魚煎方
鯉魚〔長さ七、八寸の者一頭、その鱗を去り、その腸は去らず〕 昆布〔方三寸二片〕 花椒〔一銭〕
右、水一升八合を以て煮て四合を取り、その汁を飲み、且つ、鯉を食せしむ。毎日一剤。
 鯉魚霜方
鯉魚〔大なる者一頭、その鱗、腸を去らず〕 冬瓜〔各等分〕
右、土器に入れ、塩泥にて固済し、炭火を以て焼て性を存し、末となし白湯にて送下す。 毎服一銭、日に二三次。

○水気久しく去らず、唇口乾燥し、その皮膚堅厚にして枯燥し、例えば槁(※)木の潤沢なきが如く、心下痞硬、胸中不利し、微しく喘気あるもの、これ虚にして実を兼るの症なり。 木防已加茯苓湯を用ゆべし。

 木防已加茯苓湯方
木防已〔五分〕石膏〔二銭〕桂枝 人参〔各三分〕茯苓〔六分〕
右、水にて煎ず。

※槁(こう)―かれる。

○その腫状、脈状、大抵大蒜煎の症に類して、心下和せず、築築として悸の動する者、これ畜水と固有の積癖と併せて心下に聚るなり。 姜桂加茯苓湯を用ゆべし。 総じて実腫虚腫とも多くは動悸なきものにして、唯、この間腫には必ず動悸あり。 然れども草草に診察すれば、脚気の動悸に取紛らうることあるべし。 脚気動悸の症はこの治法と大いに異なり。必ず治を誤るべからず。

 姜桂加茯苓湯方
柴胡 黄芩 桂枝 乾姜 牡蛎 甘草 瓜楼根 茯苓
右、水にて煎ずる。若し脇下に上衝する者は、呉茱萸を加う。 若し脈一層虚候を見わし、心下和し難き者には附子を加う。

○脈症、略(おおかた)大蒜煎の症に似て、呼吸短息、喘咳する者は千金越婢湯を用ゆべし。

 千金越婢湯方
即ち越婢湯に朮附を加うる方なり。更に茯苓を加うべし。

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虚腫治法〔并〕方

○その腫、勢い少なく心下痞硬、或いは少し気急し、或いは腹脹するもの、これ虚腫にして未だ極虚に至らざる者なり。 済生実脾散を用ゆべし。この上しばしば下利などありて、木瓜、檳樃、草菓の類を用い難き症あり。 四苓散に附子、橘皮など加えて用いるか。 又は真武湯を用いるの場合もあり〔真武湯ニ理中湯を合せて用いるもよし。然れども心下の候口伝あり〕。 能能、三候六診を審らかにして誤治すべからず。

 済生実脾散方
厚朴 朮  木瓜 木香 草菓 檳樃 附子 茯苓 乾姜 甘草
右、水にて煎じる。

○その症、実脾散に同じくして、唯、心下の痞、これを按じて力なくは香砂六君子湯を用ゆべし。 痞悶気急を苦しまば犀角、麦芽を加え、腹脹甚だしきは厚朴を加え、下利するは附子を加う。 然れどもこの診、加減の法、口授しがたし。能能、心を用いてこれを察すべし。

 香砂六君子湯方
白朮 茯苓 人参 甘草 陳皮 半夏 香附子 宿砂 藿香〔或いは去り、或いは加う〕
右、水にて煎じる。

○その腫、虚濡にして力なく、按ぜどもその跡急に起り難く、或いは腹以下に腫ありて、臂肩胸背は羸痩し、その脈、微細、或いは浮虚にして心下大いに痞悶して飲食美ならざるもの、これ虚腫にして実脾の症より、又、一層脱の甚だしき者なり。壮原湯を用ゆべし。

 壮原湯方
人参 白朮 茯苓 桂枝 附子 乾姜 宿砂 陳皮 破胡紙
右、水にて煎じる。

○その腫状、脈状、大抵前症の如くにして、腰脚解㑊(※)して力すくなく、或いは臍下不仁する者、八味丸料を用ゆべし。

※解■(人偏に亦、㑊、エキ、ヤク)―精神の困倦(■、人偏に亦、㑊)・肢体の懈怠(解)を覚える病。 虚損、消渇あるいは熱性病の後に発生する。消痩、少気懈言などをともなう。(『漢方用語大辞典』)

 八味丸料
地黄〔生、乾、熟、宜しきに随う〕 山茱萸 薯蕷 沢瀉 茯苓 牡丹皮  桂枝 附子〔生製は宜しきに随う〕
右、水にて煎じる。

○腫満堅硬にして、これを摩するに潤沢なく、例えば革嚢に水を盛りて、その口を紮るが如く、手当りかさかさとして堅き腫は、陽気の脱するなり。 或いは水気十分にありながら、その腫、肌表に達せず、肌膚皺あるもの二症ともに陽脱にして、多くは不治に至るものなり。 已ことを得ずんば、防已茯苓加附子湯を用ゆべし〔或いは附子を去り、本方ばかり用いるの症あり〕。 又、補中益気湯に附子を加うるか、又は五苓散などを合して用ゆることもあり。

 防已茯苓加附子湯
防已 桂枝〔各中〕茯苓〔大〕甘草〔中の小〕黄耆 附子〔各中〕
右、水にて煎じる。

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附録

○疥癬、頭瘡、内攻して腫をなすもの、これまた虚実の二症あり。 その内、虚症少なくして実症多きものなり。 能、診候して虚実を弁別し、症に随いて利水の剤を投ずべし。必ず瘡に拘泥すべからず。 元来、疥癬内陥よりして起ることなれども、当時満腫して腹脹、気急するは皆、水のことなり。 故にまずその水を利するを以て治すとす。その水、快利すれば先の内陥せる瘡、発表の薬を待たずして悉く皆、表発す。 これ予が近年の新手段にして屡、効を得る所の者なり。若し腹脹、気急、至りて甚だしく涓滴の利水もなく苦悶、死せんと欲する者には甘遂、桃花の類にて一下を取るべし。 然れども同じくは下剤を用いずして効を全うすべし。これまことに已むことを得ざるの一計のみ。 治験、後に附す。

○尼、真錐たる者、年二十八。疥癬内陥して遂に腫脹をなす。医二、三これを下す。腫益ます甚だし。尋(つい)で発表利水の剤をヲ投ず。亦、効なし。困苦已に極れり。予を延(ひき)てこれを診せしむ。通身洪腫して腹鼓の如く、咳逆、短気、喘鳴鋸を拽くが如し。予、すなわち越婢加朮苓湯を投ず。毎料重さ十銭、兼て三聖丸を服せしむ。初昏より平旦(※)に至るまで湯薬凡そ五剤、丸薬凡そ四銭。平旦の後、腹中鳴動し小水利すること一升許り。喘鳴半ばを減ず。一時許りにして復び利すること二升余。喘鳴失うが如く腹脹半ばを減ず。爾後、小水、日に益ます快利し、十日を過ずして満身かつて水なし。然る後に先の陥する所の瘡、また勃然として発す。すなわち薬を敷てその毒を尽くし、薬湯を製して浴せしむ。三十日にして全く安し。

※平旦―夜明のころ(寅:四時頃)

○縫屋、五兵衛たる者、年四十。前症を患う。その症、稍、虚候あり。予すなわち千金越婢湯を作りてこれを服せしむ。十日にして腫脹悉く平らぐ。

右の外、治験数多くあれどもここに録せず。能く三候六診を審らかにしてその症に対する利水の方を処すべし。必ず瘡に拘泥すべからず。これ予が内攻を治するの法なり。

○それ脚気の病、その初発、多くは皆膝骨弛緩、行歩しがたく、或いは踝骨疼痛、或いは足筋攣急、或いは腨脹硬脹し遠行して疲れたる状の如く、或いは両脚酸疼、或いは麻痺して痛痒を知らず。 或いは環口(※)、及び臍下が不仁し、或いは両脚が痿弱、頑痺す。 各おの皆小水短渋にして呼吸促迫し、虚里の動盛んなる者なり。 劇しき者は満胸の骨間、悉く皆悸動す。 この症、甚だしく恐るべきことにて多くは心に衝くの根脚と知るべし。 凡そ前に説く諸症の内、一、二症ありて小水いよいよ不利し遂に腫を発する者を脚気腫満と云う。 又、始終腫を発せずして唯、痿弱麻痺気急などばかりの者あり。これを乾脚気と云う。 俗医ややもすれば輙(たやすく)云う「凡そ腫、脚よりして発するものは脚気の腫なり」と。 嗚呼、これ何の言いぞや。笑うべきの至なり。水腫の初発は皆脚よりして腫るるものなり。 唯、前に説く通りの諸症ありて、後、腫をなす者を脚気腫と定むべし。 右の症なくして腫を発するものは、皆、平常の水腫なり。 能能、心を用いて脈、腹を察し、猶且つ、腫を発せざるの前、右の諸症有りや、無きやと委しくこれを問うべし。 若し、水腫を脚気腫となして誤治すれば利水少きのみにて格別の害なし。 脚気腫を誤りて水腫の剤を投ずれば、その変、踵を廻らさす。謹んで誤治をなすことなかれ。

※環口―不明。口の環(まわり)、であろうか。

○凡そ、脚気の脈、大抵水腫に同じ。故に脈候を載せず。 四肢微冷し、脈伏して応せざるものは極めて危劇の候なり。 然れどもこの内なお救うべき症あり。この診、口授あり。

○凡そ、脚気の舌候、亦、水腫に同じ。これ亦、類を以て推すべし。

○凡そ脚気の病、その因また水腫と同じ事にて、虚実二症ともに皆脾胃の虚よりして発する者なれば、その治、吐下の剤を用いずして効を取るを以て上策とす。 然れども呉茱萸、木瓜、檳樃、桑白皮、童便、石膏、麻黄の類を用いれども衝気少しも降らず、昏悶苦楚(※)し、涓滴の水も利せず嘔吐する者は、能能、三候六診を審らかにして却て瓜蔕の類を用い一湧を取れば、豁然として速験を奏することあり。 これ脚気水毒胸中に固泥するゆえ湧吐に非ざれば治すること能はざるものなり。 然れどもその実症なることを徹識せざれば却て命期を促すの助となるべし。 若し前症の如くにして嘔吐なく、呼吸逼迫、腹脹甚だしく実候疑いなき者ならば甘遂、桃花、野薔薇実の類にて一下を取り衝気ゆるまば症に随いて降気の剤に転ずべし。 右二症口伝あり。能、診候を審らかにせざれば必ず人を誤る。容易に施すべからず。 若し虚症なれば前症の如くなるに犀角を用ゆるの症あり。真武の類を用いるの症あり。 この二症亦口伝あり。

※楚―原文に「脳」の書き込み有り。「苦悩」であろうか。

○凡そ、脚気の禁忌、亦水腫に同じ。食禁を巌にせざれば薬すといえども効なし。 能能、病者に告戒すべし。

○凡そ、脚気の症、水薬口に入れば即ち吐するもの、これ劇症にして多くは急変あり。 又、病勢いまだ劇ならざるに時時、吐ある者、これ亦多くは危篤に至りやすし。能能、心を用ゆべし。

○凡そ、脚気の初発、手足少しく麻痺を覚え、或いは腨脹硬脹し、或いは少しく気急、或いは手足微腫し、或いは否らず、その脈実する者、檳蘇湯を用ゆべし。 その効、却って小檳樃湯に優れり。

 檳蘇湯方 即ち香蘇散に木瓜、檳樃、羌活、木香を加うる方なり 〔外台小檳樃湯の方 半夏、生姜、桂枝、檳樃末、以上四味を水にて煎じる〕。

○脚気、乾湿二症に拘らず、小水短渋にして気急し、手足麻痺甚だしく、或いは膝骨弛緩する者、越婢加朮苓湯を用ゆべし。 この症、診候口伝あり。 〔方は水腫中に出ず〕

もし心下和し難く気急する者には、木瓜、檳樃を加へ、或いは呉茱萸、桑白皮を加う。 或いは木茱丸を兼用すること一日夜の間に三、四銭より四、五銭に至る。 若し脈症虚候ありて心下和し難き者には附子を加う。即ち千金越婢湯なり。 千金越婢湯に木瓜、檳樃、呉茱萸などを加うる症もあり。木茱丸を兼用することもあり。 症に随いて出入すべし。

○脚気、乾湿二症を論ぜず小水不利し、心下痞硬最も甚だしく、その状覆杯の如く、呼吸短促、その脈症、実に属する者、外台黒豆湯を用ゆべし。 大いに奇効あり。 然れどもこの症、心下の候を識得せざれば用いて効なし〔心下の候、口伝あり。方は水腫中に出ず〕

○脚気、胸満気急し、その気上冲せんと欲するもの大檳樃湯の症なり。

 大檳樃湯方
檳樃〔大〕 生姜〔中〕 橘皮 呉茱萸 紫蘇 木瓜〔各中〕
右を水にて煎ずる。〔外台に大小檳樃湯の方名なし。 近来の医流、その探索に便ならんことを欲して名を命ずるのみ〕

○脚気心に冲し、昏悶して死せんとする者、桑白皮湯を用ゆべし。

 桑白皮湯方 〔この方、外台に方名なし。假にその名を命ずるのみ〕
桑白皮 呉茱萸
右を水にて煎ずる。〔本方生姜あり。時の宜しきに随いて加減す〕

○京都六、七年前より急劇の病、流行し、人をそこなうこと少なからず。 その症、心腹脹痛し、或いは胸中痛み裂くるが如く、腹攣急し、呼吸短促、その状全く結胸とも云うべし。 大抵、形状右の如くなるゆえ、時医多く大陥胸湯を用ゆ。 予も亦手段なければ大陥胸湯を用ゆる者、凡そ五、六人。服薬の後、暫時は病勢ゆるむように見ゆれども、やがて前の如く盛んになり、その後は大陥胸の類を用ゆれども即時に吐出し、次第に胸中に上冲し、昏悶百苦して皆死す。 その迅速なること或いは三日、或いは六、七日に過ず。京師の俗これを三日坊と名づく。 予、屡その病を診するに、その症結胸に似たれども、その脈結胸の脈に非らず。 皆浮虚、或いは浮弱、或いは沈微沈細にして力なし。 因って思う、この症実に非ずして虚なり。下剤の宜しき所に非ず。 全く脚気の一種にて水毒急に胸中に上冲する者なりと。 乃ち外台卒上気門にて桑白皮湯を選び出し、専一にこれを用ゆるもの五、六人。 或いは大便秘結を苦しむものあれども聊(いささ)かも下法を行わず、始終この湯を用いて救うことを得たり。 その後、右の症にて脱候多きもの五、六人あり。乃ち本方に附子を加えて飲ましむ。 亦皆全く安し。この症、極めて急劇の症ゆえ、その梗槩(※)を記し以て参考に備うと云う。

※梗槩(こうがい)―梗概。事件・物語などの大体のすじ。大要。あらすじ。あらまし。

○脚気、乾湿二症を問わず、小水不利、呼吸短促、煩悶する者、呉茱萸橘皮湯を用ゆべし。  〔方は水腫門に出ず〕 この症、桑白皮湯と大同小異あり。 〔診候は口伝〕

○脚気冲心の症、桑白皮湯、或いは呉茱萸橘皮湯など用いれども苦味を悪みて嘔吐するものには沈香後気湯を用ゆべし。然れども沈香の交趾(※)産の上品にあらざれば効なし。

 沈香降気湯方
沈香〔五分〕 縮砂〔五分〕 香附子〔一銭〕 甘草〔五分〕
右、水にて煎ずる〔塩を用いず〕。 或いは症によりて蘇子、茯苓を加うることあり。 この症、病勢最も甚だしき者は、本方に一角の末を兼用すべし。大抵、昼夜に三銭ばかりを用ゆべし。 大いに奇効あり。又、水気心胸に畜滞して利しがたく呉茱萸橘皮湯など用いて、益ます通利せざるものには半夏厚朴湯加犀角を用ゆべし。 又、疥癬内攻の腫、格別喘満する程に至らず、唯、腹脹して利水しがたき者に用いて妙なり。

※交趾(こうち、こうし)―前漢から唐にかけて置かれた中国の郡の名称。 現在のベトナム北部紅河中下流域地域を指し、後にこの地域が独立した後もこの地域及びその地の諸政権を交趾・交阯(こうし/こうち)と呼称し、日本などにおいても用いられた。(Wipedia)

○脚気上冲、死せんと欲する症、桑白皮湯に犀角、茯苓を加え、豁胸湯と名づけて用ゆ。 その効殊に著し。この症、心下急迫、最も甚だしきものは豁胸湯に沈香降気を合せて用ゆ。 もし形病ともに虚して勢ゆるきものは真武湯に呉茱萸、桑白皮、犀角、或いは甘草を加えて用ゆ〔診候は口伝〕。 右の二方、或いは童便を加えて用ゆることもあり。

○脚気心に冲し、死せんとする者を救う方〔外台〕

檳樃〔三顆末〕 生姜汁〔三合〕 童子小便〔二升。新しき者は須らく煖めず〕
右三味、攪て頓服す。剤の大小は臨時に斟酌すべし。

○脚気痿弱の症、附子を用ゆべき症にして千金附子湯などを用ゆるに胸中一物あるが如く、胸肋膨張して却って快からざる者は千金越婢湯に木瓜、檳樃を加えて用ゆるか。甚だしき者は犀角麻黄湯を用ゆべし。 この症には二方とも炮附子を用ゆべし。

 犀角麻黄湯方
犀角〔二両屑〕 麻黄〔二両〕 甘草〔一両〕 茯苓 防已〔各二両〕 黄芩〔一両〕  石膏〔三両〕 附子〔一両〕  朮〔一両〕 芎藭〔一両〕 防風〔一両〕 当帰〔一両〕  生姜〔三分〕 細辛〔一両〕 桂〔一両〕
右、水にて煎じる。

○脚気上冲、気急治して後、麻痺痿弱する者、千金附子湯を用ゆべし。若し気急全く去らずんば、檳樃、木瓜、呉茱萸の類を加ゆべし。若し心下結聚久く去り難きは鼈甲を加うべし。

 千金附子湯方
桂枝 芍薬〔各大〕 甘草 附子 朮 茯苓〔各中〕 人参〔或いは生姜に代える〕
右、水にて煎ずる。

○脚気冲心治して後、痿弱最も甚だしく小水不利、或いは腫の勢い少なく、少腹力なく麻痺するもの八味丸を用ゆべし。 煎湯となして用いるも亦、可なり。〔方は水腫中に出ず〕

○脚気、冲心治して後、小腹疝瘕有りて下焦の気めぐらず、痿弱麻痺久しく愈えざる者あり。これ千金附子湯、八味丸等の症に非ず。その脈腹の虚実と疝瘕とを能能候いて寄奴湯を用ゆべし。もし心下痞硬、脇下逆満等の症を兼ねらば呉茱萸、牡蛎、乾姜などを加うべし。

 寄奴湯方
朮 桂枝 茯苓 柴胡 劉寄奴 甘草〔本、甘草無し。今これを加う〕
右、水にて煎ずる。

 千金八所の灸穴
風市  『千金』云く、「病人を起して正身平立、両臂を垂れ、直に下し、十指を舒べ、両髀に掩い著け令め、便ち手の中央指頭に当る髀大筋上に点するがこれなり」と。  この法の如くし穴をとることを婦女子などの忌み嫌うものは別に一法あり。  『類経図翼』に云く、「膝上七寸、外の側ら、両筋の間に在り」と。  この法の如く、曲げたる膝の頭より七寸上の髀の大筋の上に点ずべし。  両筋の間とあれどもこれは千金の通り、大筋の上に定むべし。
伏兎  『千金』云く、「病人、それを累(かさね)ね端坐せしめ、病人の手を以て膝上を掩(おお)い横(よこ)たえ、その下傍を曲りたる膝頭と齋(ひとし)く上傍に側(そば)う。際の中央に当るが是なり」と。  この法の如きは即ち、膝上三寸陰市の穴なり。按(あんず)るに、『千金』に云く、  「陰市、膝上、伏兎の上行三寸に当るに在り。膝に臨み之を取る」と。  この法の如くんば伏兎の上三寸は陰市なり。既に伏兎を以て膝上三寸に定め、それより上三寸を陰市と定むること明らけし。  然らば「膝に臨みて之を取る」の四字誤りなり。  『甲乙経』に云く、「伏兎は膝上六寸、陰市は膝上三寸」と。  これを以て考うれば、千金陰市を以て伏兎とし、伏兎を以て陰市とし、前後相誤れるなり。  今、膝上六寸の法を以て伏兎を定むれば風市と大抵相並ぶなり。  然らば同じ胃経なれば膝上三寸陰市に灸するも亦可ならんか。
犢鼻  『千金』に云く、「一に云く、膝頭下、外に近き三骨、箕踵の中に在り。脚を動じ、手を以て之を按ぜば窟解を得る是なり」と。  三里の穴より上の方へ押上げれば膝眼の下一寸ばかりの所に行きとまるなり。  そのゆきどまりの骨の下のくぼかなる所に点す。
膝眼  『千金』に云く、「膝頭骨下の両傍、陥かなる者の宛宛中に在り是なり」と。  足のひざさらの下に両眼の如く、くぼかなる所あり。そのくぼかなる所に点す。  両眼の如き故、膝眼と云う。犢鼻も形、犢(※)の鼻の如くなるゆえ名づくるなり。
三里  『千金』に云く、「膝頭骨節下、一つそれ脛骨外に附くに在り是なり」と。  足のむこうずねの骨の外の方より押上げれば膝眼の下三寸ばかりの所にて行きどまるなり。  それゆきどまりの骨の下のくぼかなる所に点す。  又、一法、大指次指を以て膝を囲み、中指の当る所を穴とす。
上廉  『千金』に云く、「三里の下、一つそれ亦、脛骨外に附くに在り是なり」と。  三里の下三寸なり。三里より斜に脛骨によせて附くべし。
下廉  『千金』に云く、「上廉の下一つそれに在り」と。  上廉の直下三寸なり。脛骨によせて附くべし。
絶骨  『千金』に云く、「脚の外踝上、一つそれに在り」と。亦云く、「四寸是なり」と。  外踝の上、四寸というもよし、外踝の上かどより押上げれば骨のたゆるところあり。  その骨のたえめを少し、わきほねの方へよせて点す。
凡そ足部の穴をとる寸法は三里より解谿に至りて折て一尺一寸とするを用ゆべし。 千金には同身寸を用ゆれども足は足の寸を以て量るべきことなり。
右八所のうち、犢鼻膝眼などの一穴を去て三陰交を加うるも亦よし。 三陰交は内踝の上三寸、骨にそうて附くべし。この灸、痿弱等の症に大いに験あり。 一穴に五十壮毎日灸すべし。然れども腫満或いは上冲の気味ありて虚候多きものは宜からず。 右の症去りて、後唯、脚弱又は膝骨弛緩等のもの灸すべし。 腫満上冲の気味あるも実症ならば灸してよし。

※犢―こうし。ウシの子。

○風毒、亦脚気の類なり。然れどもこの病、実症多くして虚症すくなし。 その症、脚腫、或いは焮痛(※)するもあり、軽き者は檳蘇散、熱気かるく焮痛忍ぶべからず、或いは皮膚赤く色つきて皮破れて水もれんと欲するようなるは当帰拈痛湯を用ゆべし。 熱気甚だしく痛も准して甚だしき者には越婢加朮湯に木瓜、檳樃を加えて用ゆべし。 この薬にて痛去り難き者には、 大黄〔一匁〕 黒牽牛〔一匁〕 甘遂〔五分〕 右、三味を糊にて丸くし毎夜一銭づつ兼用すべし。もし脈症脱候ある者には千金越婢湯に木瓜、檳樃を加えて用ゆ。 この症には下剤を用ゆべからず。或いは桂枝附子湯など用ゆるの症もあり。 能能、三候六診を審びらかにすべし。

 当帰拈痛湯方
羌活 当帰 猪苓 知母 白朮 沢瀉 人参〔症に随い、加減す〕苦参 升麻 葛根  防風 蒼朮 茵蔯 黄芩 甘草
右、水にて煎ずる。
実症の風毒、硬腫して屈伸すべからず、その痛、咬むが如くにして忍ぶべからず、日夜号泣するもの兎功散を用ゆべし。
 兎功散方
黒牽牛〔炒、末と為す。五十目(※)〕 小茴香〔十匁〕
右を末と為し、和し匀(※)し、熱酒を以て送下すること一銭、日に五、六次、頻りに快く下利を得るときは愈ゆ。 凡そ一昼夜に五、六銭を用ゆべし。然らざれば効なし。 予、屡、試みるに風毒の腫痛は牽牛を以て下すを上とす。 他薬にて快下を得ることあれどもその効牽牛の如く速やかならず。

※焮痛―焮(きん)は、火に近づけてあぶる、という意。 例えば「焮腫」は、「腫れて焼くように痛むこと。即ち炎症による腫脹」(『漢方用語大辞典』)。
※匀(きん)―平均している、むらがないさま。
※目―量をあらわす目印のきざみ等の他に、匁(文目)の略で使われることもある(『学研漢和大辞典』)。 他書との比較が必要か。(『勿誤薬室方函』では牽牛子四両、茴香一両と、構成比としては正しいか。www.naoru.com)

○風毒は脚気の類たりといえども、唯、水気、手足の関節肌肉の間に凝滞して痛をなすばかりにて脚気の如く冲心の患なし。 故に風毒は病浅くして治をなし易し。然れども往往、脚気に風毒を兼たる症あり。 この症に単に風毒の治を施し、却って人を誤ることあり。心を用いて診候すべし。治法に口伝あり。

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薬品説

朮   脾気の虚を主とするは白朮を用い、利水除湿行気を主とするは蒼朮を用ゆ。
橘皮  脾気を和し行らすは陳皮を用い、欝気を快くし行らすは青皮を用ゆ。
劉寄奴 本草家、乙切草を当てるの説あり。 又、はんこん草、秋のきりん草を劉寄奴に当て、おとぎり草を小連蕘に当てるの説あり。 いずれか是なるを知らず。これを試みるに乙切草効あり。故に乙切草を用ゆ。

  含章斎(※)蔵

※含章斎―和田東郭の号の一つ。

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導水瑣言〔畢〕

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