蕉窓雑話 第二巻

底本:国立図書館蔵ヤ9-1083-1(1、2巻のみ)及び、京都大学デジタルアーカイブRB00000250(全巻)
参考図書:『蕉窓雑話・蕉窓方意解』雨宮良三(創医会)

本文

※以下、基本的に1ページ(半丁、葉)毎に分けて記載する。

蕉窓雑話二編
   東郭和田先生燕語      門人筆記
昇平(※)日久クツツクニヨリ諸人肝胆ノ気欝シテ肝疾ヲ患ル コト海内一般也此全ク天地気運ノ然ラシムル処也先肝経 ノ疾ニ三種アリ思慮多決セス肝気抑欝シテ成モノアリ又 腎元虧(※)損スルニ付テ肝火聳(※)動スルモノアリ又先天ヨリ 受来ル処ノ肝毒ニ因テ成ルモノアリ然ルニオシ廻シテ云 時ハ何モ皆先天ヨリ受来〔ル〕処〔ノ〕コト也其然ルユヘンハ人ト シテ此肝気ノ張ナキハナシ凡万事ヲ成シ遂ルハ皆此肝気

※昇平-世の中が平和でよく治まっていること。
※虧(キ、かける)-かける。欠け落ちる。
※聳(ショウ、そびえる、そばだつ、おそれる、つつしむ、すすめる)―①そびえる。そびやかす。そばだつ。高い。②おそれる。おそれおののく。聳動は「衝撃を与えて動揺させること。また、衝撃を受けて恐れおののくこと。

ニ因テ成也其中肝気ハ肝気ニテスツト一通ニ上達シ伸 立テ行人ハ其ニテ事スム也其尤先天ノ遺毒ト云ベキワ ケハ彼恬憺(※)虚無ナル処ノ嬰孩(※)ノ小児ニテモ其性ニ因テ 甚潔癖ナルナドアリ此等ハ大人ト違イ未タ物ノ善悪ノ 分チモ知コトナキニハヤ物ゴトニサリ嫌イアリテ少ニテ モ穢キ物ニテモ手ナドヘ付時ハ甚此ヲ忌キラフテ是非 トモ洗ワサ子ハキカヌモノナリ此等ハ思慮欝結ニ因テ肝 気ノ屈曲スルモノニ非シテ然リ此全ク先天ヨリ受来ル処 ノ肝疾ニ非シテ何ソヤ扨又彼肝癖ノ症ニ色々ト論説シテ見 テモ何分ニモ一向ニ此方ノ説ノ入ヌ者アリテイカヤウ

※恬憺(テンタン)-恬は「気にかけないで平然としているさま」、憺は「①やすんずる。やすらか。しずか。②おそれる。おそれさせる」の意。
※嬰孩(エイガイ)-赤ん坊。ちのみご。嬰児。

ニ理合ヲ説キカセテモ中々教ニ化セヌモノナリ此等ヲ トクト考ヘ正シテ見ルニ尽ク先天ヨリ受来ル処ニテ幼年 ヨリ肝疾アルモノハ皆此通リ也然レハ此ハ是非トモニ薬 剤ニテ治セ子ハナラヌコト也此症ヲ是非トモキツクリトオ シ付ル薬剤未タ其的実ニシテ動カザル処ノモノヲ得ス猶 日々ニ工夫ヲ用ルコト也畢竟彼■(病ダレ/黴)毒(※)ノ先天ヨリ受来モノ ハ治シガタキ如ク此症ノ治シカタキモ宜ナルコト也又何 レ先天ヨリ受来ル処ハアリト云ヘトモ其受ル処薄ク其体 ノ具合モ好モノハ其発スル処遅シ故ニ先天ノ受毒ナキ ニハアラ子トモ亦後天ノコトノ如ク見ユル也然シテ其病ノ発

※■(疒/黴)毒-黴毒は梅毒の意。

スルハ或〔ハ〕高遠ナルコトヲ望テ心ニ叶コトヲ得ス或〔ハ〕思慮多端 ニシテ決断ヲ失シ或〔ハ〕初ニハ富貴ナリシカ後貧賤ニナリ又 ハ諸々ノ不幸ナルコトニ遇テ失意スルナトノコトニテ肝気 日々ニ屈曲シテ舒暢スルコト能〔ハ〕スシテ弥(※)ムシヤクシヤト物 案シスルコト多〔ク〕ナリテ此等ノ処ヨリ色々ノ変症モ生スル 也又左ノミ失意抑欝ノコトモナキニ何トナク肝気ノ聳動(※) スルモノハ尽皆腎元手ウスク成テ命門ノ火亢ルヨリ肝 火動テ変ヲ生ルモノ也此等後天ノコトノ如シト云ヘトモヨ ク其根ヲオシタヅヌレハヤハリ先天ノ毒土台トナルナ リ其毒ヲ受コト薄キニ因テ其発スルコト遅シテ何レニスキマ

※弥(ミ、ビ、イヨイヨ、イヤ、ヤ)-①ひろくゆきわたる。あまねく。②いよいよ。ますます。
※聳動(しょうどう)-衝撃を与え動揺させること。また、衝撃を受けて恐れおののくこと。

アル処ヲ待テ発ル也此ヲ以テ此方ハ程ヨク論説シテ聞ス レハ随分其説ヲ受入ルモノニテ薬剤ヲナスコトモ彼小児 立ヨリ発スルモノニ比スレハ易キ方也此タトヘハ彼天 刑病毒ノ幼ヨリ発スルモノト二十前後マテモ発セヌト ノ差別アルカ如シ此皆毒ヲ受ル処ノ厚薄ニ因テ其厚キ モノハ急ニ発シ薄キモノハ体ニ缺タル処ノ出来ルヲ待 テ発スル也扨又肝気抑欝スル時ハ必此ヨリシテ火ヲ生ス ル故其火ニテ益〔マ〕ス肝ヲ動スモノ也然トモ此ハ肝火ノ分ニ 過テ亢ル処ヲサシテ云コトニテ全体ハ平常無病ナル処ニ テモ肝中ニ火気ハナケレハナラヌモノ也畢竟此火気ニ

因テコソ肝ノ用ヲ成モノニテ万事ヲ成就シ功業ヲ立ル モ此肝火ノハリ合ニ因テ成ルコト也故ニ初ヨリ一向火気 ナキガ抑欝ニ因テ初テ火ヲ生スト云ニハ非ス只其平常 ノ処ニテハ此ニ因テ諸事ヲ成シ遂ケ肝気ヨク上達シテ スツススツスト伸立テ行ケハ其ニテ無事ナルモノナレトモ 若其事意ニ任セス遂サルコトアレハ其ニテケツミ付キ肝 気屈曲スルニヨリ必其火分ヲ過テ熾盛ニ成リ叚々(※)ト諸 変ヲ生スル也故ニ其屈曲スル処ノモノヲシテ上達セシム レハ其火常ニ復ス此タトヘハ釜ノ蓋ヲ取テ湯ヲ冷スカ 如シ若又其時宜合ニ因テハ先火ヲ鎮メテ肝気自上達ス

※叚々-段々であろう。

ルモアリ此釜ノ下ナル火ヲ引テ湯ノ沸ヲ止カ如シ此故 ニ古ニモ肝ハ東方ノ木ナリ木ハ屈曲ヲ悪ム肝ハ疏通ヲ 好ムナト云ヘリ内経五蔵ノ説ナドモ古聖人ノ遺言乎後 人ノ作為乎ハ知ラ子トモ何レ古聖賢ノ意中ヨリ出タルモ ノトハ見ヘテ甚能我身ヨリワリ出シタルモノ也五蔵中 ニモ情ヲ宿スコトナドモ大抵ヨク合ヘリ後世ニ至テ亦此 等ノコトヲ拡メ説モノ宋元ノ大家ナトハ何モ学者多キ故 多聖賢ノ旨ニオシ本〔ツ〕ケワリ出シテ云タル処ハ随分賞ス ヘキコトナレトモ後々ニ至リテ余ニ其ヘ枝葉ヲ付スギ反テ 入ホガ(※)ニ成リ行シモノ也総シテ医家五行ノワリ方ノコトモ

※入ホガ-入り穿。①和歌・俳諧などで、あまり技巧を加え過ぎて味わいを損なうこと。②詮索しすぎて真実から外れること。

其本ハ皆古聖人ノ政ノ中ヨリ出タルモノ也故ニ易ノ五 行ノ立方書ノ洪範ナトヲトクト考見ルヘシ其古聖人ノ 旨ハ天地造化ノ自然ニ随テ言ヲ立ラレシモノナリ凡ソ 人身モ本ヨリ天地ト同一気ノモノナルヲ以テ人ハ小天 地トモ云ヘリ故ニ其ワリ合ハ一々ニ皆人身ニオシ本ク彼 相生相尅モ一通スツトオシテ行処ハ佳ナレトモ只其ニ色 色ノ入ホカナル了簡ヲ付ルハアシシ又虞書(※)ニ六賦ノ政 アリ其物ハ水火木金土穀ニテ其ニ生徳利用厚生ノ三ヲ 立テアリ今日医ノ病ヲ療スルモ此三ノモノノ意ヲ以テ 術ヲ施スコト也扨又古今トモニ世ニ賢君ナトトモテハヤス

※虞書(グショ)―『書経』の中、尭舜の世の記録が書かれたもの。

人ノ上ニテトクト考見ルニ其初ニハ殊ノ外ノ賢人ノヤ ウニ云レシ人ノ後ニ至テ取カワリ色々ナル不埒ノ筋モ 出ルコトアリ此場ヲ以テ察スルニ尽ク皆肝疾ニ興ルコト也 其ワケハ先其人ノ数多キ供マワリヲ引具シテ外ヲ努ラ ルル乎又ハ鷹野(※)ナトニ出ラルル時ニテモアレ或ハ炎夏 ノ時又ハ強寒ノ日ニノ(シテ?)其下々足軽体ノ者ハ炎陽ニ曝サ レナカラ笠ヲモ戴カズ寒風ニ吹スカサレトモ背ノ見ユ ルホト高尻ヲカラケ(※)山ヲ越ヘ水ヲ渉リ働処ヲ見テ忽チ 見ルニ忍ヒサル心出来テヤレ彼ヲハ休息サセヨ此ニハ 酒ヲ飲セヨイヤハヤ彼等カ辛ヲ嘗メ苦ヲ試ル処ヲ見テ

※鷹野(タカヤ)-「鷹狩り」に同じ。
※尻ヲカラケ-「尻をからげる」とは衣類のすそをまくりあげて落ちないようにすること。

ハ中々安然トシテ轎中ニ座スルコト生ヲ同シテ居ナカラ此ノ 如ク雲泥ヲ隔ツ此天道ニ対シテモ恐アルコトニテ亦指アタ リ見ルニ堪サルコト也ナトト云ルル時ハ外ヨリ聞テ胆ヲ ツブシサテモ仁心ナル君カナ未タ年齢モ高カラスオワ スニカカル末々マテニ斯イツクシミアワレミヲカケラ ルルコト此タダ人ニ非スイカサマ国家ノ棟梁トモナリ玉ワ ンナトト云ハヤレ聖賢ノ如ク思フ故叚々此ヨリ賢人ノ 名四方ニ轟也此ノ如キハ随分慈悲深キコトト云ヒ殊ニ其 イイテノ人柄ノヨサニ実々ニ古今未曽有ノ人ノ如ク思 ワルルモ理リ也然ルニ初ノ間ハ毎々此ノ如クヨク行届

タル人ノ後四十ニモ至リテ益慈悲ノ心モ出ルハツノ時 ニ成テカラ左ハナクテ思ノ外ニ心ハヘ身持マテモ不埒 ニ成リ初ノ美名ヲ失フ人アリ故ニ先賢君沙汰モ大抵四 十過ザレハオシ出シテハナラヌモノ也此ヲ熟思スルニ 此等皆其人ノ肝疾也彼潔癖ナトノ穢悪ノ物ヲ見不快ノ コトヲ聞テハ忽堪忍スルコト能ワス若其不浄ナル物ナドニ 触犯セハヤカテ洗■(※)ニテモセザレバ心悪クシテ暫時モ 堪サルモノト同道理ニテ彼下々ノ者ナドノ難儀苦労ス ル処ヲ見ル時ハ忽其肝ニサハリテ何分ニモ其不便サ無 心ニシテ其ママ見過スニ堪ヘ忍バレザル心出来リテ或〔ハ〕

※■-さんずい+ソ/ユ/口という字体。浴か。洗浴の意味は、①湯水をあびて身体を清めること。入浴して身体をあらうこと。ゆあみ。②洗い清めること。

其人ヲ休息サセ又ハ賜物ナト販セル也万事万物皆此ノ如 クニテ蛇ノ目ヲアクニテ洗タル如クサツハリト庁付サ ル時ハ胸中ムチヤクチヤトシテ何分気ズミセサル故也此 同シ疾ノナス処トハ云ナカラ其所作ガラ甚ヨキコトト云 其人柄ノヨサニ世挙テ此ヲ賢君ト称スルヤウニ成リ行 モ尤ノコト也然ルニ其初ノホドノ所作抦(※)ヲ後々マテモ能 遂得ル時ハ実ニ賢君トモ云ベキモノナレトモ途中ニシテ引ク リ反テ思ノ外アサマシキ体ニナルハイカカト云ヘハ其 初ノ出端ノ処ニテハ其持前ノ肝ノ頭ヲ褁(※)カクシテ出カ ケシモノ也勿論此ハ肝気ノ張合ト云モノニテ十分ニ陽

※抦-文脈から「柄」と思われる。
※褁(セキ、フクロ)-嚢に同じ。

分ヘ気ノハリ合タル処ナリ然処ニ少ク閑暇無事ナル時 ニ至リ肝気ユルメハ塞ヲ生ス此時ニアタツテ若下部ナ トニ缺タルコトアル時ハ肝火益亢極メ或〔ハ〕失心シ又ハ性急 ニナリ残忍ニナルト云ヤウニテ初トハ大ニ人品心ハヘ モ変ル也此所謂一ノ裏ノ六ト云モノニテ終ニ其佳名ヲ 失フコト古ヨリ数々アルコト也然ルニ其肝気ニテ初ノホト ハ右ノ如ク善事ヲナシタルモノノ又其肝気ニテ悪事ヲ 為ハイカニト云ヘハ全体人ハ万事万物尽ク此肝気ニテ 成就スルモノニテ若此肝気ノ張合ナキ時ハ事トシテ成就 スルモノニテハナシ然トモ亦此肝気常ヲ失テ亢極スル時

ハ反テ又能事ヲ敗リ能性ヲ凶ス此猶火ヨク万物ニ付テ 用ヲナセトモ亢極スレハ亦ヨク万物ヲ害スルカ如ク水能 舟ヲ浮シメ亦能舟ヲ覆スカ如シ初ハ賢君ニシテ後佳名ヲ失 スル人アリ中ニハ又始終ノ佳名ヲ全スル人アリ其初ア ツテ終ナキ人ト始終ヲ全スル人トノワケハ先其肝気ノ 張ハ随分強ケレトモ其度量至テ小キ人ハ右ノ如ク少ノコト ニテモ見ナカラニ打捨ヲクコトナラスシテ是非其事ヲ暫時 ノ内ニ早クサツハリト片付ケ万事万物豆腐ヲ切タル如 クセザレハ心中穏ナラスシテムシヤクシヤト気ムツカシ クナリテ甚ヘ忍レヌ故也此其事ヲ暫モ我胆量ノ中ニ其

ママ宿シ置コトノナラスト云モノニテ其器至テ小キユエ 只其肝気ノ張ノミ強メハ内ニ有余ナク器ニツマリ溢レ テフリサハキ出キサルヲ以テ早々ニ其事ヲ片付ケ少シ 成トモ其器ヲクツロガセタキユエヲ以テ也サルニ因テ此 ノゴトキ人ハ初ノホトハ肝気ノ強キママニ己カ量ノ小 ヲモ知スシテ成ルタケハ万端ヲ其器ニ入テハ片付ケ入テ ハ片付シテモ事ノ尽ルコトモナク心ニ飽足ルコトモナシ其 中ニテ緩ルメタルムルコト出キサル故後終ニ長久ニ堪ル コト能ハスシテ佳名ヲ失ニ至ルモノ也又其肝気ノ張リ強メ 器モ十分大ナル人ハ万端ニ付テ左ホトニカキ洗フ如ク

ニハセサレトモ種々無量ノ事トモヲ能我度量ノ中ニ宿シ置 テ必其時ニ当テ肝気ヲ張リ出シテ用ヲナシ事ヲ遂ル故 能長久ヲ持ナリ然トモ亦大量ナル人モ間暇無事ナル時ニ 当テハ自然ト常ニ不似合ナルコトアリ此ヤハリ肝気ノタ ルミテ塞モノ也小量ノ人ナレハ塞ハ勿論ニテ全体ノ小 量ニテ気狭マナル処ヘ立戻リ其化ケ見ルル也又其間暇 無事ナルマテモ待スシテ何ナリトモツマヅキケヅムコトアレ ハ一旦張合テ居タル処ノ肝気屈曲シテアトヘモサキヘ モ行スシテ閉チ塞カルアンハイモアリ然トモ大量ナル人ハ 一旦抑ヘラレテモ亦内ノヤリクリ出キテ容易ニ閉チ塞

キハセヌモノ也此例ヘハ至テセマキ坪ノ内ナドニ植タ ル木ノ上ニササワルモノアレハ其キリニテ暢(※)モ得セス ワキヘククランニモ壁墻(※)ナトニサシツカヘテ其モ出キ ス只屈曲盤回ス広キ庭ナトニ栽タル樹ハタトイ上ハオ シササヘラレテモ其ナリニアチラコチラヘハイククリ テ終ニ何レソノスキ間ヨリツキ出ルカ如シ又其アルイ ハツマツキケヅミ(※)或タルミ付キムシヤクシヤトツマラ ヌ物案シ所作カラナトスルモノスヘテ此ヲ云ヘハ何モ 肝欝ナリ又其肝欝ヨリ火気妄動シテ終ニ亢極ノ姿ヲ変現 スルモアリ此即彼一ノ裏ノ六々ノ裏ノ一ニテ病勢ノ虚

※暢(チョウ、ノビル)
※壁墻(ヘキショウ)-①石・煉瓦・土などで築いた塀。②へだてるもの。じゃま。 ※ケズミ-「けずむ」は失敗する、やりそこなう、などの意。

実変化ハ常ナキ処ノモノナリ故ニ今日ノ術ノ上ニテ云 時ハ其病勢ノ朝ニ実シ夕ヘニ虚シ昨盛ニシテ今衰ル処ヲ 以テ其体力ノ虚実ト錯綜シテ術ヲ下スニ在リ体力ノ虚実 盛衰モ亦日々ニ変革ナキニ非ス故ニ病勢ノ虚実ト体力 ノ盛衰ハ互ニ往キ互ニ来リテ変化時ナキモノニシテ亦偏 廃スヘカラス彼此ヲクミ合セ錯綜シテ術ヲ下スヘキモノ 也又肝ニ因テ其心ハヘ甚ハテイニ成モノアリ甚シリコ ミシテ初心ラシク成ル者アリ此モ同シ裏ラ表テニテ月ノ 或ハ上弦ニナリ或ハ下弦ニ成ルカ如クツヅマル処ハ此 表裏ヲ以テ腹候ニ本ツクルコト也総シテ此肝気ト云者ハ人

人元ヨリナケレハナラヌモノナルコト上ニモ云処ノ如ク 畢竟此ヲ以テ今日ノ事ヲ成シ行者ナリ然ル時ハ随分人 身第一ノ道具也只其肝気ノ或ハ分ヲ過或処ヲ失フ時ハ 反テ害ヲ生スル也故ニ此ヲ要スルニ其処ヲ得ルト失フ トノ間ニ在テ禍福ヲナスノミ古ノ名アル人ニテ考見ル ニ能大事ヲ為シ遂タル人ハ尽ク大ナル処ノ肝気アリ先 何レニモ大ナル器量ノ事ヲ云時ハ兎角漢ノ高祖ヲ称ス ルコト也此人ヲ考見ルニ尤肝ノ強キ人也シカモ其肝気甚 強シテ且胆量ノ広大ナル人ナルカ故ニ彼豊沛(※)ノ布衣(※)ヨリ 起リ三尺ノ剱ヲ把テ終ニ能四百余州ヲ掌ニシ佳名ヲ万

※豊沛-劉邦の出身が泗水郡沛県豊邑によるものか。
※布衣(ふい)-昔、中国で、庶民は布の衣を着たことから、官位のない人や庶民を指す。

世ニ残サレタリ酈生(※)ニ初テ対面セラレシ時婦人ニ足ヲ 洗セナカラ応接セラレシナト其躬万乗ノ君タリトハ云 ナカラ酈生モ亦有道ノ人也此ヲ大胆ト云ンヤ無礼ト云 ンヤ此其肝胆ノ凡ニスクレテ最大ナル処ヲ知ヘシ此処 ヲヨク考見レハ数千歳ノ下ノ今日ヨリシテ其不敵サト人 柄目前ニ見ルカ如キ気象アリ其鴻門ノ会(※)及紀信ヲ身代(※) リニシテ裏門ヨリヌケラレシ処ナトニ於テハ十分ニ肝気 張合タル処ニテ此時ニ当テハ実ニ万夫不当ノ英雄ト云 ツヘシ然ルニ又樊噲(※)カ闥(※)ヲ排セシ時ナトニ至テハ閑暇 無事ニ当テ其肝気ベツタリトユルミタル処也故ニ其張

※酈生-婦人に足を洗わせた逸話は、戦中、高陽で面会した儒者の酈食其(れきいき)のもの。中国秦から楚漢戦争期の儒者、説客。通称は酈生(酈先生)。(wikipedia)。
※鴻門ノ会-楚の項羽と漢の劉邦が、秦の都咸陽郊外で会見した故事。(wikipedia)
※紀信ヲ身代-劉邦の部下。滎陽に立てこもった劉邦が項羽に追い詰められた際、自ら影武者となり項羽に降伏をしたふりをして劉邦を逃がしたという故事。『史記』「項羽本紀」(niconico pedia)
※樊噲(ハンカイ)-劉邦の功臣であり、義弟でもある。
※闥(タツ)-①宮中の小門。転じて、宮中。②門。とびら。

合タル処トハウラハラニ成也此全ク肝気ノ張合フト弛 ムトノ違也兎角少シ閑暇無事ナルニ至テ閨帳ノ中ニテ 婦女ヲシテ足ヲナテシムルト云ヤウナル時ニナレハ肝気 タルミテ此ヨリシテ其化ケヲ見シグサグサトシタル思ノ 外ナル了簡出ルモノニテヤハリ肝欝也兎角肝気十分ニ 暢立チスツト張合テアル中ハムシヤムシヤトシタル了簡 ハ出サルモノナリ又魏ノ曹操ナトハ尤肝気強キ人ニテ 其残忍ナル処ニ於テハ後世ヨリモ彼此ト議スレトモ全体 ハ至テ豪傑ナリ其赤壁ニ於テ矛ヲ横テ詩ヲ賦シタル処 ナトハ肝気十分ニ張合タル処ニテ実ニカナコブシ(※)ノ如

※カナコブシー鉄拳か。

クキビシク強ク成タル処也然ルニ晩年ニ至テ彼種樹家 ヲ召テ庭樹ヲ移栽サセタル時木ヲ切テ血ノ出タルコトア リシヨリ気拆(※)テ疾ヲ発シタリ其英気ノ張合タル処ナラ ハ中々此等ノコトアリトモ屑トモスル人物ニハ非レトモ此処 ニ至テハ肝気大ニタルミタル処ナルニ因テ右ノ如ク成 タルモノ也其他古来ヨリ名君名将名士ナト云伝ル人ハ 皆此ノ如キモノナリ我朝ニテモ大閤秀吉ナトノ肝気ノ 甚シサ其記録ヲ読テ知ヘシトカク肝気ト胆量トノツリ 合大事ノコトニテ此肝気ノ張リアツテシカモ其器大ナル 時ハ此ニテ即器量トモ成リ決断ニモ成リ義烈ニモ成リ勇

※拆(タク、ヒラク、サク)-①ひらく。②さく。わける。やぶる。

猛ニモ成ルモノ也若其肝ノハリハカリ強シテ器小キ時ハ 只其肝ノミツノリテ反テ痴ト成リ愚トナルモノ也此故 ニ只其張合ト器トノツリ合尤大事ノコトナリ其肝胆ハ表 裏ニテ本ヨリ別ニスルコトニハ非ス肝ヲ云テ胆自其中ニ アリ同一物ト意得ヘシ然亦其器ノ広狭ニ因テ用ヲ為ス 処ニ於テ甚違イアリ凡テ医ノ歴史ナトヲ見ルハ此等ノ 処ニ眼ヲ留ムヘシ此ノ如クナレハ大ニ益アルモノ也上 ニ云処ノ漢高ノ肝気ノ如キアンハイモ其人ニハ比類モ シカタキ虫蝿同然ノモノニテモ虫ハ虫ナリニ其気味合 ハアルモノ也今日ノ人ニテ云ニ彼丹波亀山ノ家中ニ松

平某ト云人アリ其性甚騎馬ヲ好マルレトモ近来肝疾アリ テ気息ハツミ易キニヨリ稽古騎ナトハ一向出来サレトモ 反テ遠方ニテモ火災アル時ハ其処ヘカケ出シ行ルルニ 初一二町ハ息ハツム如キカ其ヨリ気ニ張合付テ平日ヨ リハ気分サハケテ快ト也又前方在京ノ人ニ太田某トイ ヘルハ肝疾ニテ頭冷ヲ患ラレ平生ハ昼夜トモニ綿帽子ヲ サカヤキヘ冒リテ居ラレタリ然レトモ出勤ノ時ニ至レハ 先衣服大小ナトヲトクト改メテ後供廻リモソロウテ今 出勤ト云トキ立上リタル拍子ニ其綿帽子ヲシヤツトム シリコカシテ畳ヘ打付スツト立出夫ヨリトクト其日ノ

務終テ退居セラルルト復已前ノ如ク綿ヲ戴カレタリ退 居ノ間ハ綿ヲ冒スシテハ暫時モ其頭冷ニ堪ラレサリシ也 此等皆肝気ノ張ト弛トニ因テ然ニ非スシテ何ソヤ此ヲ以 テ医タルモノハヨク此等ノアンハイヲ考合セ其道理ヲ ヨク呑込テ此中ニ於テ我性ヲ養ナヒ且人ヲ論説スヘキ モノナリ
先天肝毒ノコトモ亦親ヨリ受来ルト云中ニ五六人七八人 モアル兄弟ノ中何レモ皆ヨク親ニ似テ肝疾アルニ中ニ ハ又イカナル処ノモノノカワリタルニヤ其親兄弟ニハ 似モヨラサルモアルモノ也此等ノ処ニ至テハ何分吟味

ノ為ヤウモナク其然ルユエンハ知カタキモノ也
癇ノコト古来色々ノ名義アリ是少ツツノ形状ニ因テ名ヲ 設タルモノ也其猪癇羊癇鶏癇馬癇牛癇ナトニ付テ彼此 ヤカマシキ論説モアレトモ只道具立ヲシタルマテニテ実 用ニ取テ益ナキコト也只治術ノ上ニテハ右夫々ノ名ハ分 タストモ寒熱虚実ノ分スラヨク立テハ事足シコトナリ又今 医俗トモニ通シテ云処ノ癇症モ古来称スル処ノ諸癇モ同肝 木ノコト也総シテ此類ノモノハ皆雷同スルモノニテ強テ其 名義ヲ分ツトモキツト別〔ベツ〕モノニハシカタキモノナリ是 其病ノ本根同肝経ニ在テ只其枝葉ヲ異ニスルマテナル

故也先何ニモセヨ癇ト云ハ其病ニ往来間断トサシ引ヲ コリサシテアル故癇トハ名付シ者也又狂ヲ発シテヲル者ノ 如キモ一時大ニ気アラク成テヲコルカト思ヘハ漸々ニ シツマリテ反テ片隅ノ方ヘ引込モリグシグシト泣テ居ル ナトアリ是所謂一ノ裏ノ六也然ハ是モ間断アルモノ也 小児驚癇モ肝木ノコトニテ是モ間断アル故也又元来ハヤ ハリ今云癲癇ヲ患フルガ其ツヨク発ノヲサマリタルア トニテクツタリト草臥テ馬鹿ノ如ク成テ失心スルアリ 是ヲ失心風ト云ヘル也是其時々ノ形状ニ付テ名ヲ設ル ニ非ヤ然シテ其病根ハ同物也此ノ如ク雷同シ融通スル故

此ノ手ノ病人ニ種々ノ名目出来シモノニテ叚々ト紛レ シ也癲ト云モ顛(※)倒反覆スルノ故ノ名也一通リハアリ来 ル処ノ名目モ知ラ子ハナラヌコトナレトモ端〔ハ〕シバシノワザ ニモカカラヌ名目詮議ナドスルハ抑亦末ナル故強テ穿 チ過スコトニハアラサルベシ
痴癇ナト患ル人ハ兎角ジツトシテ居ル寸ハ目ヲフサキ ヲリタカルモノ也是皆気分ノユルミヨリスルコト也カヤ ウナルハ気ヲシツカリトハリ合テ強テ目ヲムキ出シテ オル気ニナルベシ又死穢ナトニ近クコトヲ甚キライ甚シ キニ至テハ其ハナシヲキクコトモ悪ムアリ是モ畢竟ヲゴ

※顛(テン、イタダキ、タオレル)

リト云モノニテ皆得テ勝手也其証拠ハイカホト死ノ字 キライノ人ニテモ若公義ナトヨリノ云付ニテ死人ヲ抱 カズハ忽チ殺スト云ヤウナルコトナレハ拠ナク云付ノ通 リニスルモノ也然ルニ己カ自由ノ云ル処咎メル人モナ キ時ニハ蛇蠍ヨリモヲソレテ近ツカス是全クオゴリノ 沙汰ニアラスヤ故ニカヤウナルハ医タルモノヨクヨク 其道理ヲ論説シキカセテ病人トクト教ニ服シ強テ死穢 ナトノ所ヘ行キ或葬礼ノ輿ニモ己カ体ヲスリ付テ通ル ト云気分ニナレハ病ハ負テ自然ト平愈スルモノ也此等 ハ皆気ノユルミヨリ出ルコトニテ畢竟太平ノ化ニ浩スル

コト久シテ干戈(※)ノ沙汰ヲモキカス居処ノ安キママニ知スシテ 気ノタルムユヘ也是ヲ以テ今ノ世ニ生ルト云ヘトモ農夫 脚力ノ其日ヲ暮シカヌルト云カ如キ貧人ニハ先此病ハ 至テ稀ナルモノ也然レハ皆物コトノ自由ニナリテ假ソ メニモ枕ヲヨセテ無用ノコトトモヲクトクトト案スルコトノ 積カサナリテ右ノ病症ヲハ引出スコト也故ニ随分ツキ立 テテ体ヲコナス業ヲハケメハ自然ト雑慮モ止ムモノ也 多クハ皆我体ヲ虚弱ナリトノミ思テ余リ畏ミ廻スコトノ 過ルモノ也総シテ生アルモノハ必死アルノ道理ナレハイ ツマテモ生トウシニハナラヌモノニテ生死トモニ皆天命

※干戈(カンカ)-干(たて)と戈(ほこ)の意。①武器。また、武力。②戦争。

ニアルコト也天命ニシテ生レ天命ニシテ死スルコト何ソ憂ルニ 足ン又ナンソ他人ノ死ヲ恐ンヤタトヘ其死骸ヲ舐リマ ワシタリトモ我何ヲ以テカ死センヤ此等ノ理合ヲ知ラス シテ死穢ナトヲ恐ルルハ最愚ノ至也其愚ニ負テ居ル寸ハ 生涯トリモチ桶ヘ足ヲ入シヤウナルモノ也又其愚ヲ打 破テノケレハ病ハ忽チ平愈スルモノ也此症ヲ患ル人ハ 多ハ眩暈ナトアルトテ甚歩行ヲ恐ルルモノ也サレトモ下 部枯テ眩暈スルモノトハ違ヒ大抵ハ終ニ目ノマイテ転 倒スルコトハナキモノ也是モ眩暈ノ気味アル時ハ強テ走 リ廻ル気ニナレハナヲルモノ也

人ニ因リ各別ニ病気ヲ苦ニシ色々ナケクアリ向ノ相手 人間ナレハ己レ悪キ奴也ト思テ居テモ此方ニ色々苦ニ モシタリワビコトナドスレハ憐ヲモ生スレトモ病ハ無情 ニテイカホドナケキテモ其憐ミナキモノ故苦ニスル■ 損也且病ヲ苦ニシテ気分舒ザレハ其ヨリ病モ益盛ニ成モ ノ也此処ナトヲモヨク病人ニ説キカスヘシ
癇癖ニテイロイロモノコトニ忌キライアルヲ強テ其キ タナキトヲモヒイヤナト思フモノコトニスリツケ又手 水ナト多ツカウヲ減スルハ持斎(※)持戒(※)ナトスルト思ヲタ モツヘシ又禁酒禁食ナトヲ守ル如クスヘシ必此潔癖ノ

※持斎(ヂサイ)-僧が午後食事をしないという戒律を保つこと。また、一般に、精進潔斎に励むこと。
※持戒(ヂカイ)-「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の一つ。戒律をかたく守ること。

芸ヲ上ラスヘカラス無理無体ニキタナク思処ナトヘコ シ付テ行ヘシ飲タキ酒ヲコラユル如クツカイタキ水ヲ コラユヘシ左様セサレハナヲラヌモノ也
凡肝疾アル人ナド其気ブシヤウナルコト或性急ナルコトナ ドヲ自天性ノヤウニ云モノ也是即惑也此等ノ処医ノ方 ヨリヨクヨク其病ニ因テ然ルコトヲ説キカセ其惑ヲ破ラ スベシ
肝疾ヲ患ル人ナド全体性急ニシテ気ヲイラツ(※)ヨリシテ起ル モノト性執滞シテ欝スルヨリ起ルモノトノ分ニ因テ治ヲ 施スニモ心得アルコト也先性急ナル方ハ動ナドモ亢リテ

※イラツ(苛つ)-①気持ちが落ち着かなくいらいらする。②物事を早くするようにせきたてる。

腹表ヘウキ立チメツタニ気合ヲイラツモノ也又癖物脊 ヘ付テ沈ミタル人ハ必欝スルモノ也此分チニヨリテ薬 方ヲ処スルコトモ具合違也畢竟腹候ノ此ノ如ク此ノ 如ク(※)ナルユヘ也是一ノ裏ノ六ト云モノ也又病ヲ甚恐ル ル人アリ病ニ因テ甚気ツヨクナル人アリ又別ニ其人ノ 持マヘニテ病ヲ少シモ世話ニセズ甚疎略ニスル人アリ 此等モ反テ気ノ毒ナルモノ也
何レノ病人モ気分達者ナルハ多ク養生シテ遊ヒ暮スコトヲ 甚イラツモノ也是ニ色々論説ノシカタアリ先ワヅラウ テトクト養生ノ出来ザルヤウニテモシカタモナキコトナ

※此ノ如ク-文言が重複しているが、理由は不明。一つ目の「此ノ如ク」は括弧で括られている。

ルニ幸ヒニ自身ハ難儀シナカラモ養生ナトノ出キルハ 畢竟先祖又ハ主人ナドノ余沢ナレハ此処ノ冥加(※)ヲ難有 思イコノカゲニテホトヨク養生ヲシトゲ家事ヲ全セン ナトト病苦ノ中ナカラ心ニ楽ミ且休ミテ居ル間ヲ一生 ノヤブ入ヲシタルト思テ養生スレハ冥加ニモ叶イ養生 ノ為ニモ大ニ佳シ其ヲ無法イラチ(※)ニシテハ反テ冥加ノ道 ニモ背キ病ノ為ニモアシシ又入組タル病人ニテ打ステ オキテハ所詮大事ニ至ルヘキモノノ家事ナトヲ世話ニ シスギテ養生ヲ怠ントスルニハ此症ヲ打ステヲキ若悪 クナリテ死ニモ至ラハ豈家事ノコトナトヲ思ハレンヤ然

※冥加(ミョウガ)-①神仏カラ知らず知らずに受ける加護(助力)。おかげ。②好運であること。
イラチ-不明。関西の方言で、すぐいらいらする性格であるさま。せっかち。短気の意味がある。

レハ今アヂヨク(※)養生シテ後日ノ恵ヲ免ルルヤウニスヘキ コトニテ即ステヲキテ死タルト云心持ニナリテ気世話ヲ ハナレテ養生スヘシナトト云ヤウニ説聞スヘシ
養生ノ術ニ付テ尤心得ヘキコト多言ヲ禁スルニアリ此只 静ナランコトヲ欲スルノミナラス多言ナル時ハ肝気随テ 動スルモノ故肝気ヲ亢ラサヌヤウニトノ術也
水分ニ動ノ出ルハ肝腎ノ虚火也肝腎ハ事ヲ通スルモノ ト知ヘシ又三黄加石或麦門加石羔黄連ナト用ル症ハ水 分動静ナルモノ也水分ニ動付モノニ二ツアリ地黄薯蕷 牡丹皮ノ類ニテオサマラサルハ俗ニ云処ノ臍ハナレノ

※アヂヨク(味良く)-うまく。手際よく。

シタルモノ也是ハ臍トモニドカドカト底ヨリユルキ立テ オドルナリ此候ヲ見スモノハ多ハ不治ノ症也又実症ニ モ水分ニ動付モノアリ是ハ底ヨリ動セスシテ上ツクモノ 也此等ノ処ハ至テ微妙ノコトニテ草々ニ候テハ知カタキ モノ也又茯苓ヲ用ル症ニモ水分ニ動ノ付モノアリ是ハ 場ヒロクバツト動スル也畢竟建中湯ノ拘攣ト同シ道理 也昔或官人ニ臍中ノ動ヲ妙ニ候イ覚タル人アリ其人ノ 説ニ臍中腎間ノ動ハ候イ難キモノニテ臍中ノ動ハ其ヨ リ候イヨシヤハリ是所謂腎間ノ動ヲ候フモノ也コレヲ 候ニ平生無病ノ人ヨリスヘシ無病ニシテ腎気強キ人ハツ

ヨクオシテ底ニ至テモ動ハアルカナキカノヤウナルモ ノ也至極虚シタル人ハ其動ウキ上リテツイ知レ易シ其 拍子モイロイロシドロニ成也其シドロナル処ノ度数ヲ 多ノ人ニテ候イオホユレハ病人ノ死期ヲ知ラルルモノ 也ト云ヘリ是ハヤハリ水分ノ動ニテ候フテ知ルルモノ 也又動ノシドロナルコト左ニアレハ左ノ脈ニモウツリテ 拍子クツルル也又歩行シテオル病人ニモ此脈ノウツリ アツテカマイニナラヌモアルモノ也又牡丹皮薯蕷山茱 萸地黄ナト皆肝腎ノ虚火ヲシツメルモノ也若此場ヘ芩 連ナト用ユレハ甚具合アシキモノ也知栢ハ腎中ノ伏火

ヲサマスモノ也川芎ハアラグシニテ髪ノモツレヲスキ 立ルコトク肝気ノ抑欝シタル処ヲ疏通シテ肝木ヲシテ條達 セシムルモノナリ肝木ヲシテ上達セシムレハ即抑肝ニモ ナル也其ワケハ肝気欝スレハ必是ヨリシテ欝火ヲ生シ又 コレヨリシテ叚々ト亢極スル也故ニ抑欝ヲ上達スレハ自 然ト火モシツマルノ道理也ココヲ以テ川芎ノ抑肝スル コトヲ知ルヘシ婦人ナト頭痛モナクシテ只胸サキヘ甚ツヨ ク凝リアツマリ石ノコトク硬クナリテジユツナガル(※)モ ノ或ハ痛モアリ痛マザルモアリ只ツヨクアツマルコトヲ モニ成シモノ後世家ニテ分心気飲或大七気湯ナトヲ用

※ジユツナガル(術無がる)-術無い。仕方がない。しょうがない。せつなくつらい。

ル処ヘ半夏厚朴湯ヲ小剤ニ合シテ大抵外ノ薬味トツリ合 ホト川芎ヲ加ヘタルヲ用レハ甚奇効アルモノ也
生地黄ハ潤肝ノモノユヘ鮮熱ノ能アル也肝火上逆シタ ルヲ潤下スレハ熱自止ノ道理也又肝火煽動スレハ血モ 出ル也諸失血ハ皆肝火ニ煽動セラレテ成ルモノ也
犀角羚(※)羊角トモニ肝火ニツレテ留飲ノ胸膈ヘセマリタル ヲ峻ニオシ下スモノ也故ニ生芐犀角ナトト組テ妙ナル 具合アリ
三黄湯ハ水一盞三分許入テ一盞ニ煎シ用ユヘシ
犀角地黄湯ヲ用ユルハ肝虚ノ症也犀角ハ胸ヲスカスノ

※羚(リョウ、レイ、カモシカ)

効アリテボツタリトセズ疎肝ノ品ナリ
不寝ノ症アルモノハ四逆散ニテハ今一イキヌルシ(※)是ハ 兎角抑肝散ノコト也
抑肝散ハ亢ルニ対シテ抑ト云タルモノ也故ニ其症目サエ テ寐ラレス或性急ニシテ多怒ルナトノコトアリ薬品モ肝気 ヲ疏スル故抑肝ノコトニ成也逍遥散ハ右ノ場合ホドニハ 亢ラス欝シテアル処ユヘ只黙々トシテヲル者也又逍遥散ハ 薄荷ハ塩梅ノ味也タトヘハ葛煮ナドノ上ヘワサビノヲ ロシナドヲ置タル如シ薄荷ニテ胸ヲスカス故胃口開テ 朮苓モ引マワシ柴胡ナトヲモ引マワスアンハイアリ

※イキヌルシー不明。効果がいまいちである、程度の意味か。

人ノ病ハトカク肝ヨリ起ルコト也故ニ人ハ肝気ヲ妄動サ セヌヤウニスベシ総シテ人ニマサラントシテ及ヒナキ望ヲ 起シ限ナキ思ヲツイヤセバ必肝気ヲシテ妄動セシム是ヲ 以テ彼気虚労役ナドト云ノ患アリコレヲ気虚労役トハ 名ケタレトモ実ノ処ハ肝虚労役也肝気虚極メ妄動スレバ 必上心肺ヲ熏灼スル故右ノ証候ヲ見ス若其甚シキニ至 テハ必血屑ナドヲ吐モノ也又肝火妄動スレバ必其熱ヲ 心ヘ移ス故失心シテキヨロリトナルモノモアリ又其火必 下部ヘ波及シテ腎火ヲ動スルユヘ房欲過多ニ成モアリ房 欲過多ナレバ水蔵枯涸シテ肝火益亢ル也又肝火ニテ脾胃

ヲ熏灼シ胃中液燥テ真陽乏クナル寸ハ反テ大ニ食ヲ貪 ルモノアリ食スルコト能ザルモノアリ是ノ故ニ万病悉ク 其根元ヲ推寸ハ肝ニ与ラスト云コトナシ然シテ肝ヲ動スノ 本ハ心也故ニ失心ナトシタル人ハモハヤ色々ノ心労ハ ナキモノ也唯心ニ色々思コトアルユヘコレニ因テ肝気ヲ 動ス畢竟心ハ主人ニテ肝ハ役人ナリ此役人ノ色々ニ働 ニ因テ万事ヲモ成就シ万病ヲモ起スナリ下ニ立テ働モ ノナキトキハ事ヲ成コトモ能ス病ヲ生スルコトモナシ故ニ 其働ク処ノモノノ成リ行キヲ見テ治方ヲ用ルコト也是ヲ 以テ全体ハ心虚ヲ補フ薬ナドハナキモノ也遠志酸棗ナ

ドノ如キヲ補心ノ物ノヤウニハ云タレトモ実ハ皆肝ヲ制 スルモノ也此働ク処ノ役人ニナル肝ヲトリシツムレバ 心ハ自ラ静明ニ復ス若此役人ノ働キ過ル寸ハ熱ヲ心ニ 移スナドノ禍モ生スルコトト知ベシ又江戸ノ方ヨリ沢山 ニ来ル赤トンボ(※)ナドノ如キ人物ハ道ヲアユムニモ必ノ ロノロト遅キヤウニアユメトモ反テヨク遠ニ行キ長キニ 堪ヘ常ノ人ナドハ只一イキニ早ク行ントシテ疲ルルユ ヘ反テ遅クナリ遠ク行コトモナラズ是肝気ノコトニアラズ ヤ又大工ナドノ誤テ手足ヲ切タル寸ニ其切口ヲチヤツ トオサヘテ目ヲ閉テ息ヲツメテシツトシテ居レハ血ノ

※赤トンボ-関東・奥州の巡礼・道者を上方の人があざけっていう語。

止ルモノ也是ヲ只ジツトシテ心ヲオサメサヘスレバ血ハ 止ルモノト心得レトモ実ハ是モ肝火ヲシヅメル也肝火動 スル故ニ血止ラズ故ニ其肝火ヲ鎮ムルニヨリテ血止ル 也是ノユヘ古語ニモ云ヘル如ク湛然トシテ淵ノ如ク静 也ト云処ヲ大事トシテ兎角肝気ヲ妄動サセヌヤウニ工 夫ヲ用ベキコト也又世ニ男子ニハ腎虚多シテ婦人ニハ少キ ヲ婦人ノ方ハ強キモノトノミ思ハ非也婦人ト云ヘトモ天 稟薄キモノアリ強キモアリテ一概ニ云ガタシ去リナガ ラコレヲ男子ニ比スレバ何レ腎虚ヲ患ル人少シ是ソノ ワケニハアラズ総シテ男子ハ陽ニ法リテ進コトヲ主リ婦人

ハ陰ニ法リテ退コトヲ主ル故ニイカホド好婬ノ婦人ニテ モ先男子ノ如クオシカカリニハナキモノニテタトイ心 ニハイカホド欲念動テアリテモ先ツジツト退テ居ルモ ノニテ己カ方ヨリ先動コトノ少キヲ常トス是ヲ以テ肝気 ヲ傷ルコト少シ肝気亢事少キユヘ腎気ノ虚スルコトモ少シ 男子ハ然ラズカリソメニモ動シ易シテ働クコトヲ主ル是 ヲ以テ肝気動シ易シテ腎気虚シ易シ故ニ荘子ニ止則如死 灰行則如曳槁木(※)トアル語ナドハ意ヲ用テ玩味スベキコト ナリ
総シテ古来ヨリ補心ト云タル処ハ実ハ皆補肝ノコト也補肝

※止則如~曳槁木ー本文には訓点があり、それを書き下し文にすると「止レハ則死灰ノ如行ハ則槁木ヲ曳カ如」となる。

スレバ即補心ニ成也別ニ補心ト云モノハナシト心得テ ヨシ
総シテ肝積強シテキカヌ気象アリテ物コトノリ(※)ノ付易ク性 急ニイレ立ツナトト云ヤウナル人ハ其腹ノ引ハリアン ハイニテヨク其平日ノ気象ヲ知ラルルモノ也建中湯ナ ト用ル引ハリトハ又違テ兎角二行通ナトノ引ハリ強キ モノ也
久ク癇ヲ患ル病人ノ後ニ甚性急ニナルハ至テ悪兆也
血頭痛ナト総シテ血字ヲ付タルモノハ皆肝ノコト也肝ハ血 ヲ蔵ト云云

※ノリー不明。規か。

肝気タカキ人体中ヲ搔ナドスレバ其アト直ニ赤クフク レ上ルモノアリヤハリ肝火ノ所為也又平生皮膚ニ風疹 ヲ発スル人アリ班ヲ発スル人アリ皆肝火ノコト也昔小児 ノ背ニ六字ノ名号ノアルヲ観セ物ニシタルコトアリ是モ 搔テ六字ノアトヲ付シモノ也摂州(※)高槻近郷ノ一婦人右 ノ症ヲ患フルコト数年也豪農ノ女ナリシ故諸方ヨリ聘ス レトモ右ノ患アリテ或ハ五日ニ一発シ或ハ三日ニ一発ス ルニヨリ皆辞シテ既ニ婚嫁ノ時ヲ過ルコト四五歳ニ至リ 治ヲ予カ兄公ニ求ム兄公即柴桂湯ヲ投シテ全愈ルコトヲ得 タリ兎角其腹候ヨク合フ寸ハ此湯ニテ甚奇効アルモノ

※摂州(セッシュウ)-摂津の国。現在の大阪府北西部と兵庫県南東部。

也予ハ今或右ノ方ヲモ用イ又ハ四逆散ヲモ用ユ何レモ ヨク腹候ヲ詳ニシテ用ベシ又右搔タルアトノフクレル症 ニモ一種毒ニ因テ発スルモノアリ是ハ別ニ取アツカウベシ 持病ノ喘ナトモヤハリ肝気ニ本ツクコト也
頭冷ヲ患ル人モヤハリ肝気ニヨルモノ多シ
例ハイヅレノ処ニテ罪人ヲ吟味スルニ其罪人ノ至テ奸 悪ナルハ己カ悪事ヲヨク包ミ隠シテ甚正直ナルヤウニ表 ヲ見セルアリカヤウナルハ一通リニテハ罪ヲ断シカタ ケレトモ年功ヲ経タル役人ナトハ其正直ナルヤウニ言フ

詞ノ中ニテキツト聞処ヲ聞正シテ反テ大ニ打タタキナト シテ其実状ヲ言ハセルモノ也左アルト初トハ引カワリ思 ノ外奸悪ノコトトモヲ白状シテ終ニ其罪ニ伏スルモノ也医ノ 病ヲ察スルモ全ク此ノ如キモノニテ兎角偽似ノ症ニ仕 損スルモノ也偽似スラヨク分ル時ハ難キコトニハ非ス一 通ハ脾胃虚ト見ヘテ思ノ外癇症ノ所為ナルアリ癇症ト 知テ後其症ノ尤主張スル処ハ是ト云コトヲ吟味シ然シテ後 何レ四逆散ノコトカ附剤ノコトカ又ハ従治シテ下利アル者ニ ヤハリ大黄ヲヤルコトカトキマツテ行コトナリ此心得アツ テ候フ時ハ初ヨリノ見ヤウ違モノナリ

下加茂ノ社家ニ鴨脚某ト云シヒトアリ其養子年ゴロ三 十許ナリシガ痿躄シテ床ニ起コト能サルモノ一年半甚困苦 スル由ニテ先年六月ノ中旬予ヲ招シコトアリ時ニ予事務 甚多冗ニテ其処ニ至ルコトアタワズ秋ニ至テ又復使ヲカ ヘテ来シメ懇請シテ止ス予亦此時ニ至リテ少ク間ヲ得タ ルニヨリ其翌日行テ其家ヲ訪フ即其家人出テ予ヲ延テ 書院ニ至シメ主人コトハ只今社頭ヘ出タリヤガテ帰ルベ キユヘ暫時休息セヨトテ茶煙盆ナド出シ彼此トスル中 烏帽子ニ浄衣ヲ着ケヤツフジ(※)ノサシヌキ(※)ヲ佩タル老人 二人帰リテ其一人ハ隣家ノ鴨脚某ト云ヒシモノニテ即

※ヤツフジ(八藤)ー①模様の名。藤の花の四枚の花弁を四枚の葉で円形に囲んで図案化したもの。②紋所の名。
※サシヌキ(指貫)―指貫の袴の略語。裾に紐を差抜く意で、裾を締めくくることができるように紐を通した袴をさす。奴袴 (ぬばかま) ともいい、布 (麻) 製のものは布袴 (ほうこ) とも呼ばれた。原型は奈良時代の括緒 (くくりお) の袴とされている。平安時代以後になると衣冠、直衣 (のうし)、狩衣 (かりぎぬ) 、水干などとともに着用され、地質も綺 (あやぎぬ) 、綾、絹など次第に豪華なものになった。(コトバンク)

病人ノ実父ナル由両人トモニ予ガ至リシ処ノ労ヲ謝シ扨 右ノ病人ハ先初ハ何ニカムシヤクシヤトスグレサルモ ヤウニテ叚々月日ヲ経ル中今已ニ三年ニ及フ其中一年 半痿躄シテ一向ニ立コト能ワズ故ニ色々医薬ヲカヘサマサマ ニ取アツカヘトモ実ニ寸効ナクシテ今日ニ至ル今又御医某 ノ治ニアツカルコト已ニ久ケレトモ何分脚気ノ毒取レカヌ ル由也イカサマ左モアルコトニヤ右体久々足立ザルユヘ スベテ大小二便トモニ傍ヨリ抱キ上テ丸ニ乗セル位也初 メ当本家ニ後嗣ナカリシユヘ隣家ノ実子ヲシテコレヲ 嗣セタル也壮健ニシテ社事ヲ務ルホドナラハ二老ガヨロ

コビ此上モナキコトナルニ右体ノ難症ヲ受シコト其身ハ本 ヨリニテ二老ガ苦心タトヘンカタナシ(※)取分テ隣家某ヘ 折角本家ヲ嗣シメナガラ右体ノコトニナリユキテハ当家 ヘ対シテ甚気ノ毒ナルユヘイカニモシテ全快サセタク両人 談シ合セテ日々ニ身ヲ浄メ社頭ニ詣テ只丹誠ヲ尽シテ コレヲ神ニ祈ルノミ也コレニ因テ出テ迎ルノ礼ヲモ失 シタリトテ両人トモニ愁然タリ予亦彼此ノ会釈シテ其ヨリ 両人ヲ伴イ病架ニ至レハ戸上ニ一ノ紙牌アリ其文病中 気六カシク候テ応対ノ義甚迷惑ニ存シ候ユヘドナタニ テモコレヨリ中ヘ御入下サレマジク候ト記シタリ即其

※タトヘンカタナシ(譬えん方無し)ーほかのものと比べようがない。

房内ニ入テ見レバサカヤキハ二寸許ニナリ鬚モ甚延テ 面部手足トモ膏薬ヲヌリタル如ク垢マブレニナリ蒲団ヲ 三ホド重子タル上ニ趺坐シテ居ナカラ一通リ会釈セリ 又ヨク見レハ久々趺坐シテ居ルユヘ臀ヘクイコムトミ ヘテ木綿ノ蛇ノ目ヲシテ臀下ニシケリ其ヨリナヲ詳ニ其 経歴ヲヨヒ今ノ苦ヲ問ヒツクヅクト其容子ヲ視ルニ兎角 癇症ト見ユ且右ノ書付ノ如ク社中親族ニテモ一向病架 ヘハ入レズ只不案内ニ入者ハ二老ノミナル容子也又仰 臥サセテ篤ト脈腹ヲ診候シ脚膝ヲ丁寧ニナデ誠ミ其立 ベキヤ立ベカラサルヤヲ精シクハカリミルニ一向足部

ニ病ハナキ容子也故ニ手水トモ終テ後扨叚々先ゴロヨリ ノ容子ヲ承ルニ定テ足ニハ何等ノ深キ病毒アリテヤト 思シニ思ノ外ナルコトニテ今ハ少シモ足部ニ病ナシト云 ヘハ二老モアキレタル顔色ニテ居タリ先其蒲団ノ上ヘ 立テ見ラレヨト云ヘバ病人以テノ外顔色ヲカヘテ足立 ザルヨシヲ云予ハ決シテ立タルル足也ト云ヘトモ病人ハ中 々立テル力ナシト云且仰セナレトモ小児ナドトハチガイ 年三十ニ及ブモノナレバ立ルル足ヲ立ストシテ一年半モ 此小屋ノ内ニ欝々トシテ居ルヘキヤウナシイカガノワケ ニテヤ立コト能ハザルニ相違ハナキコト也トテ腹立チタル

顔色也予ガ云一通リ理合ハ聞ヘタレトモ此症ニ於テハ少 シワケアルコトニテ是非立ニ立レズト云道理ナシ此場ニ 於テハ急度見ル処アリテ云コト也先何ニモセヨ強テ立テ ミルベシ独リ立コトナラズバ扶ラレテ立レヨト云テ已ニ 一年半立セテモライシコトモナク丸ニノルスラセイ一ハ イノ処ナレトモ是非立スベシト思イ家来ノ丈夫ナルヲカ タライ病人ノ腋ツボヘ手ヲ入テ無理ニ引立セタルニ案 ノ如クコカスナコカスナト云ナガラ十分ニ立タリスツト足ヲ 下ヘ踏付サセテ見ルニブラブラトセズシテシツカトフミ付 タリ随分シヤントフミ付サセテ一方ヅツアゲサセテ見

ルニ各其任スル方ハキツトフミツメテイル故無理ニ家 来ヲ引ノケテハナサセタルニコケモセズシテシヤント立 テ居タリマダシモ彼此ト云ヲ強テタタミノ上ヘ引ヲロ シ独モアユマルルナレトモ自ラ手ヲ引テ十畳ノ間ヲ一遍 サツサトメグリアルカセモトノ蒲団ノ上ヘツレ帰リ正 ク跪坐サセタリナント是ニテモ立レザルヤ畢竟脚気毒 モ何モナキコト也予多冗ナラズシテ六月ニ来ラバ半季早ク 立スヘシ最前ヨリモ予無理ヲ云ヤウニ立モノヲ立ヌト テ腹立ラレシハ大ナルタワケト云モノニ非ズヤ是皆肝 気ノ変動ニテ気分ノウロタユルヨリカヤウニツカモナ

キ(※)コトニナルモノ也ヨク心ヲシツメテ思案セラルベシト テ見レバ烏帽子ニ浄衣着タル老人二人ハサメサメト涙ヲ 流シテ歓ビナキニ泣ナガラサテサテ辱キコトカナ何ト礼ヲ述 ベキヤ是取モナヲサズ明神ノ加護也二タビマデオシカ エシテタノム処ノ執心モ皆是神ノ助ナルベシトテ且歓 ヒ泣ケリ扨此病ハ殊ノ外ナル癇症ヨリ起ルコトニテ是ヨ リシテ養生ハ気分取アツカイ第一也右体無難ナル足ヲ痿 躄シタルニシテ已ニ一年半モ臀ヘ蛇ノ目ヲマデアテテ居 ル如キタワケタル病ユヘ其心ノウロタヘヲ本ノ通リニ ミガキナヲサ子ハナラヌコト也且ナカナカ欝積シタル処ノ

※ツカモナキ(つがもなき)-①途方もない。とんでもない。ばかばかしい。②たわいのない。とるにたりない。

胸腹ノ気モ薬剤ノ力ヲカリテ融和サセ子ハナラス然レ ハコレヨリシテ予カ治ヲ受ケラルルツモリナルヤ若シ左 モアラバ何ゴトニテモ予ガサシヅスル処ハ一句一言ニ テモ背クコトナク謹テコレヲ行ハルベシ否サレバ益ナシ サラバトテ飲食ヲ断絶セラレヨノ倒ニ成テアユマレヨ ノト云カ如キ常人ノナラザル処ヲススムルニハアラズ ト云ヘバ三人トモコトバヲソロヘテ少シモ背クマジキユ ヘ偏ニ治療ニアツカリタキ由也然ラバ先今日居風呂ヲ シテ湯ニ入体中ノ膏ヲヌリシゴトキ垢ヲサツハリト洗ヲ トサレヨト云ヘハ今日ノ寒気ニテハ万一足部ナドヘ寒

気ヲ受テハイカガシキ(※)コトナルベシ且逆上ナドモハカラ レズ此義ハ少シ延引イタシタキ由也予又云フ畢竟左モ アルベキト思フユヘ彼此トクダクダシク(※)子ツメヲシオク コト(※)ナリ其ニテハヤハリ教ヲ背ト云モノ也病人ノ方ヨリ 浴ミナドシタガリテサマサマニカコツケ子ガイテモ大抵 ハ医ノ方ヨリトムルカツ子(※)也然ルニ反テススムルハ十 分気ツカイナキ見トコロアルユヘ也此義出キサルニ決 スルナラハ此上ノ治療ノ手ハオロスマジト云ヘハ三人 トモニ畏レ入テ承知シタル由也又今日ノ役今一ツアリ厚 クカサ子タル蒲団并ニ蛇ノ目ナドサツハリト取ノソキ

※イカガシキ-如何しき。①本当かどうか疑わしい。物事の内容、人の正体などが、あやしげだ。信用できない。②下品でよくない。風紀上よくない。
※クダクダシク-くだくだしく。同じことを何度も繰り返したり、長ったらしいさま。
※子ツメヲシオクコト-不明。
※トムルカツ子-止むるが常、か。

只火燵ノ傍ニチヨト蒲団一ツシキテ其上ニ坐シテ居ラ ルベシ歩行モナルコトユヘ二便ニモ立テ行キ折々ハ庭ナ トヘモ出テ空ヲモナカメ栽コミノ木ナドヲ見テ欝ヲヒ ラクヤウニセラルベシ又明日ハナカク延タルサカヤキ 及ビヒゲナドモサツハリトソリ髪ヲモ結ルベシ此等モ 十分気ツカイナキコト也ト云ヘハ二老モトクト受合タル 由又其ヨリ薬ヲ調合シテ已帰ントスルトキ又何ノ日ニ来 ルヤト問フユヘ予ハ今日キリニテ再ヒ来ラズ此次ニハ 予ガ宅マテ来ラレヨト云ヘハ甚迷惑カリシカトモコレモ 此方ノ教論ノ一也背カルルコトハナラズ去ナガラ初テノ

コトナレバ乗輿ト歩行ヲマセマセニシテ来ラルベシトテ帰 リタリ其ヨリ三日メニカゴニノリ且アルキテ加茂ヨリ 柳馬場(※)ノ四條マデ凡一里許ノ処ヲ予ガ宅ヘムケテ出来 レリ是ヨリホドナク全快シテ今壮健也其時分堂上方ヘ行 タルニ諸家ニ此話ヲ聞ツタヘラレ不思儀ノコトノゴトク 云テ其実事ヲ予ニタツ子ラレシユヘツ子ツ子アルコトニテ 何ニモ不思儀ノコトニハアラザル由ヲ答シナリ
西六條ノ大工頭ヲ務シ水口某ノ後家年五十九一疾ヲ得テ 久シク欝々トシテ居レリ其人初自生トコロノ子八人ア リシカ二年ノ間ニ疫ヲ患テ七人死シ僅ニ女子一人残リ

※柳馬場(ヤナギノバンバ)-柳馬場通(やなぎのばんばどおり)付近のことか。「京都市内の南北の通りの一つ。北は丸太町通から南は五条通まで。平安京の万里小路(までのこうじ)にあたる。」(Wikipedia)

テアリシニ是モ一昨年疫ニテ死セリ故ニアトハサツハ リトアカノ他人ヲ養子トシテヤウヤウ家ヲ嗣セタル位ニ テ甚気ノ毒ナル体也予先年其子トモノワツライシ時分 ニハ行テ三人モ療治シタレトモ其後十四五年已来ハタヘ テ行コトナカリシカ先コロ右ノ母ノ病ニ付キ招クユヘ行 テコレヲ見シニ下地余ホト肝疾ヲ持タル人ニテアリシ カ一昨年女子ヲ失シヨリベツタリト弱リテ只欝々トワ ツラヘルユヘ医俗トモニヨリ集ルホドノ者其不幸ヲナケ キ落涙スルヲ見テハ甚尤ナルコトト思イ色々クヤミコト ヲ云イキカセ且其病ヲサシテ気虚労役也ト云ヘル趣也

予ガ行シ寸モベツタリト平臥シテアリ其家族ノ云ヘルハ 今晩景ヨリ甚容子アシクモハヤ今夜ギリニテ絶命スベ キヤウニ云ヘルニヨリ先達テ死タル女ノ生シ孫ヲモ始 終コレヘ呼ヨセオケリト也予其孫ヲ見ルニ愁傷ニタヘ サル容子ニテ眼胞モ泣キ腫タリ又病人ハ毎日右様ノコト ニテサハキタテ食事等モ甚不ススミ也此人全体ハ珎(※)シ キ大ナル女ニテ全右体ノ中ニテモ身体ハナヲ肥タリ其 苦ム処ヲサクレハ兎角死スベキカトノ気ヅカイ第一ト 見ヘタリ故ニ予云凡ソ人ノ死ハ自ラ死ラサル処ニテ死 スベキカト思イサハクモノハ反テ死スルモノニアラズ

※珎(メズラシイ)

此等ノコト■ヲイヲイトクト説キカスベシトテ各別ノコトモ 云ス薬ヲ投シテ帰レリ其翌々日ニ至リテ使来テ夜前ハサ ンサン不出来ニテ家内ノ者トモ夜スガラ世話イタシタリ今 日イマ一応診察シテクレヨト云ヘルユヘ行テ見レハ火 燵ノ旁ニ平臥シテ婢女トモニサスラセ居タルカ頭ヲ挙テ挨 拶モ得セズ片イキ(※)ニナリテアリコレヲイカニト問ヘハ 殊ノ外叚ツキテモハヤ夜前ハ死スルカト思シニ今日マ テナガラヘタリト云ヘリ其ハ気ノ毒ナルコト也トテ徐々 ニ脈腹ナドヲトクト診候セリ時ニ其親戚ノ人々ハ悉ク ヨリ集リテ病人ヲ周囲ノ居レリ予ツクツク思慮スルニ是

※片イキ(かたいき)-大層苦しそうに息を吐くこと。

非此場テ一クジキクジカズバヒラケマジキ勢ナリシユ ヘ病人ニ向テ先ハンハン呻ルコトヲ止テヨク聞ルベシ其モ トハ大ナルウロタヘモノタワケモノト云モノ也ト云ヘ バハイト答テイタリイヤハイニテハナシトクト眼ヲ開 カレヨト云ニ眼開カズト云ヘリアホウナルコトヲ云ズ トモ起テスワラレヨ馬鹿ヲ尽スニモヨイカゲンホドノア リシモノ也ヨイ年ヲシナガラカホドノコトニ此世話シキ モノヲ三條ヨリ六條マデツリ出シ何等ノコトゾト思フニ タワイモナキコトトモ也畢竟棒打ニシテモ死ル気ヅカイナキ コトナルニ家内ヲモ夜通シサセルト云ハイカガウロタヘ

タル了簡ナルヤト云拍子ニ眼ハボツチリトアキタリサ ラバ是非トモ其ノ起テスワラレヨ婢女ナトモ数々旁ニヲ ルニ及ヌコト也皆ヒトリヅツヲルベシ扨此アタリハ皆門 徒宗ナレバ定テ皆ヨリ集リテヲラルルカタカタモ左アル ベシ病人ヲハジメ謹デキカルベシ此上人コレヨリ一坐 ノ法談ヲ務ベシ先トクト眼ヲ開テ予ガ面ヲ見ラレヨ其 許ハ甚垨(※)モナキコトヲ思フ人也総シテ人ハモト無キ処ヨリ 生レ来リテ又無キ処ニ帰スルモノニテ生アルハ必死ア リ死生トモニ皆天ノ命スル処ニテ人ノ私スルコト能ザル処 也然レバ人トシテ千年モ万年モ生ドヲシニスルコトハモト

※垨(シュ、ス、マモル、モリ、カミ、モリ)

ヨリナラヌコト也ヨクナガラヘテ僅百年ノ中ニハ誰シモ 死ルハ極リシコト也其極タルコトヲウロタヘサワグハ何コト ナルヤト云ヘリサア私モ命ハサラサラ惜マ子トモト云ヘ リイヤ左ニアラズ惜ヨリシテ右体ニ人ソバヘシテ色々トサ ワガルル也トテ叚々ナガナガト利害ヲ説キ見テ居ル中ニ 顔色大ニヨクナレリサラバ先茶ナリトモ一口ノマルベシ コレヨリ又此病ノ全体起ル処ヲ説キカスベシ総シテカヤ ウニ欝々トシテ久シク牀ヲモアゲザル病ハ先至テ貧困ニ テ明日ヨリハ飯ニ炊ク米モナキト云ヤウナル人ニハナ キモノ也タトヘ少々ノ気欝ナドアリテモ米一臼フマ子

バ晩ニ炊モノモナキト云ヤウナレバ是非起テヲルモノ ニテ多ハ皆寐テイテモ脾随涙〔ヒダルイ〕(※)気ヅカイモナキ人ニアル モノ也故ニ其病根ヲオシタズヌル寸ハ全クオゴリノ沙 汰ニテ先祖ノ光徳〔カゲ〕ヲモ忘レタルモノ也我心ノウロタヘ タルニヨリ先祖ノカゲニテ多ノ人ヲヤリツカイ身ニハ 絹布ヲマトフテ寒〔サム〕イ脾随涙メモセヌ処ニノリ上リ楽人 楽ク知ズノ意ニテ少シノコトヲモ堪忍セズシテハヤ引カブ リ寐ルト云ヤウニ自由ノ至極セルヨリ叚々ト我気ニテ 我気ヲムスボフラセ(※)ツイニハ色々アシキ処ノ出キルモ ノナリ是即古歌ニ鳴子ヲハオノカ羽風ニウゴカシテオ

※脾随涙-饑い。空腹である。ひもじい。 ※ムスボフラセ-結ぼほらせ、か。結(むす)ぼれる、とは①結ばれて解けにくくなる。②水分などが凝固・凝結する。③心にわだかまる。④関係をつくる、縁故になる。

ノレトサハグ村雀哉ト云ヘルト同コト也ト云ヘバ去年ヨ リ養子ノ囲イヲ普請シタルヲモ此ママニテ見ズニ死カ ト思ヘリトテ殊ノ外ニ笑イ出シ余ホド気分ハ開ケタル 容子也故ニ云フ我門ノカコイノ見ラレヌハサリトハ気 ノ毒ナルコト也然ラバ見セテ進スベシトテ引立テテ間数 四ツ五ツツレユキドウシヤマウ息ガ絶ハセヌカト云ヘ ハ絶倒スルホド笑イ出セリ即カコイニ至リテモ叚々時 ヲウツシテキメ上ケ上ケ(※)論説シタレバ大ニアヤマリ入テ 教ニ服シタリサラハ帰ルトテ立シトキ養子ヲ始メ別家 ドモモ玄関ヘ送リ出タルニ母ハ蒲団ニノリナガラ御免

※上ケ上ケ-不明。

アレト云シユヘ其ハ大不シヨウナルコトニテ且大胆也是 非コレヘ出ラルベシトテ送ラセ此次ヨリハ必予ガ来ル 寸キツト送迎セラルベシ又其ヨリシテ我宅ヘモ歩行ニテ 来ラレヨ又今夜ギリニテ床ヲモアゲラルベシト云ヘバ 一々教ニ背クマジト也扨右ノ法談ニテ即今五百戒ヲタ モチ実ニ即身成仏ノ場也必予ガ帰シアトニテ子ヂヲ戻 シテ鬼ニ成ヌヤウニセラレヨトテ予ハ宅ニ帰タリ扨又 カヤウナル症ニモ右体ニ大ナル声シテキメ上レバ忽チ開 クモノアリ其ニテハ反テ開カザルモノアリ症ニ因テハ キメ上テハ一向ニ説ヲキキ入ズ反テ子ヂレルモノ也此

等ノ処ニ於テ具合アルコト也其アンバイニ因テ向ノ云分 ヲ十分ニ立テツカワシ其裏ノ手ヨリツケコミテ説ベシ 左伝ノ鄭ノ荘公ニ頴考叔(※)ノ説シ処ナドヲ以テ工夫スベ シ随分目サキヲキカセ向ノ気合ヲハカリテ只気ニ入コト ノミニ意ヲ用ルハ世間者ニテ丈夫ノ恥ベキ処也故ニタ トヘ病人ヲキメ上ルトモ気ニ叶フヤウニスルトモ兎ニ角十 分ノ実意ヨリシテ病者ノ苦ヲ救イ医ノ誠ヲ尽スト云処ヲ 本トシテスベシタトヘバ士ノ君ニ諫ヲ入ルルト同ク直諫 シテ用ラレス功立サレバ死シタルマテニテハ甲斐ナシイ カヤウトモシテ其感ズル処ノ穴ヲツケコミ其趣意ヲトヲス

※頴考叔-『春秋左氏伝』荘公の部下。二十四孝の一人。荘公と実母ある武姜との確執に対して、一計を案じて和解に導いた。

ガ忠臣也医亦其ノ如ク一スシニテユクマジキモノハイ ロイロ工夫ヲ用テ其ツケコムベキ処ヲツケコミテ病人ノ 感シテ気分ノ開クヤウニ論説スベキモノ也
大坂住吉屋何某ト云シモノノ後家年三十一二ノ比(※)マル 三年ノ間平臥セリ其病ハ唯頭眩スルノミニテ二便ヲモ 始終丸ニテ取レリ足部ニハ何ノナヤミナケレトモ唯家モ クルクルト廻ルヤウニグラ付テ立コトナラズトテ大小便ノ 時ハ後ヨリダキオコシ前ヘマワリテ目ノ上ヘ手ヲアテ テフサガサシテヲレリコレニ因テ大坂中ノ名アル医ノ 手ヲ経テ療治ヲ受シカトモ終ニ治セズ其症マスマスツヨク

※比(ころ)-比おい。①ころ、その時分。②程度、ほどあい。③当節、今の時世。

成ルニ付手叚尽テ予ガ名ヲ聞ヲヨヒ何トソ上京シテ療治 ヲ受ントテ遂自身ヨリ発起シテ来レル由也扨右上京モ甚 六カシキコトニテ我門前ヨリ蒲団ニノセ目ヲ褁テソロソロ ト船場マテカキ来リ舟ニノセ舟ヲヤルコトモ随分サワガ シカラヌヤウニシテヤウヤク三日余ニシテ伏見ヘ着其ヨリ 大ナル乗輿ニノセテ又一日余ニシテ木屋町二条マテ来リ ココニテ座シキヲ借リ投宿シ其翌朝予ヲ招クニヨリ行 テコレヲ見ルニ其人ハ若キ後家ニテ余ホド体モ大ナル 女也其故ダキカカヘモ一通ニテハナリカタキト見ヘテ 体大ニシテ腕丈夫ナル女四人年バイナル手代両人付添ヘ

リ病人ハフラ付故御免下サルベシ此ママ挨拶スルトテ 蒲団ヲ高ク重子タル上ニ高ク枕シテ臥シタリシハラクシテ トクトコレヲ診察スルニ顔色脈腹トモニ少シモ衰ヘタル 様子ナク一体ツヤツヤシクヨク肥タリ其ヨリ又自身ナガ ナガ困苦セルコト及大坂ニテ諸医ノ手ヲ経レトモ治セサリ シコト并予カ治ヲ受シガ為ニ四日半ヲ経テ上京シタル趣 ドモヲ述ヘ且大坂ノ諸医ノ医案ヲ詳記セル一巻ヲ出セ ル故取テコレヲ見ルニ或内分ノ弱キニヨルト云或血分 ノ病也ト云或癇症也ト云或痰飲ノナス処也ト云ヘリト クト見終リテ随分予カ療治ヲ受タキノソミナラハ治ヲ

施スベキガ先其許ノ病気ハ全体外ノコトニハアラズ甚ヲ ゴリノ長ジタル処ヨリ起ルコト也故ニ先此オゴリヨリナ ヲサ子ハナラヌコト也二三遍モクリカヘシヱグタラシク(※) 云シカバ果シテ手ヒドク胸ヘサワリシト見ヘテ女ノコト殊 ニ後家ノコトナレバ愚癡ニシテ物ノ道理モ弁ヘザルハモト ヨリナレトモツイニサシタルオゴリト覚ルコトヲセシコトモ ナキニアヂナ仰ヲ承ルトテ余ホド立腹セシ様子也定テ オゴリモノト云レテハ腹ノ立コトナラント云ヘバイヤ腹 ハ立サレトモオゴリハ覚モナキコト也トテ目付顔色モ余ホ ドツリ上リテ見ヘタリヲゴラヌト云レテモ其レハ定テ

※ヱグタラシクーえごい(えぐい)の意か。①あくが強くて、いがらっぽい感じがする。②俗に、むごたらしいさま。また、どぎついさま。③我が強くて思いやりのないさま。

虚言ナラン合点ノ行ヌコト也ト云ヘバ其オゴリトハイカ ナルコトゾト問フ先其許ノオゴリハセヌト云ルル其オゴ リト云モノハイカナルコトゾ予コレヲ云ンカ其許ノオゴ リト思ルルハ未タ年若ナル後室ユヘ或役者冶郎(※)ノ類ヲ 引ヨセ弄ヒ或ハ不相応ニ衣服及手マワリノ道具ナドヲ コシラヘ或ハ平生ノ明クレニ珍味ノ料理モノヲ好ミ或 ハ各別ニ芝居ヲスキ或ハ舞妓法師ノ類ヲ集メサハギナ ドスルノ類ナルヤト云ヘバナルホド先左様ノコトハオゴ リカト思ヘリ去ナガラコレマデ総シテ右体ノコトニ長ジタ ル覚ナシトテナヲ恨シキ顔色也予ガオゴリハ右等ノコト

※冶郎(やろう)-遊冶郎のことか。酒色におぼれて、身持ちの悪い男。放蕩者。道楽者。

ニアラズ右云処ハオゴリドコロノコトニテハナシ畢竟ヤ クタイナシト云モノニテ左アル寸ハ皆身タイヲモ終ニ ハ破滅シ且其ナストコロモ皆人非人ト云モノニテ其ハ 論ナキ処也其許ハ全ク左様ノ人トハ見ヘズ最前ヨリモ 見受タルニ一体人ヲモ多ツカワレ何カ自由ニ暮サルル 様子ト見ヘタリ定テ家モ永クツツクニテアルベシ又其 許ハ家ノ息女ナルヤト云ヘバナルホド自身ハ家ノ娘ナ リ家ガラハ甚麤(※)末ナルコトナレトモ余ホド久シクツヅケリ ト云予ガオゴリト云ハ即ソコラノコト也右体長久ニ家ノ ツツクハ是先祖ノ恩徳ニアラズヤ今日ニ至テモ寒イ脾

※ヤクタイナシ(益体無し)-役に立たない。 ※麤(ス、ソ、ゾ、アライ、ハナレル)-①肌理があらい。②粗末な。

随涙コトモナキヤウニ身体ノ広大ナルヨモヤ其許ノ辛苦 ニテカセギ出サレシニテハアルマジキガト云ヘハイカ ニモ左様ニテ女ワザノ及ブ処ニアラズト云ヘリ今其モ トノワヅラワルル処実ハ些細ノコトニテ今日飢寒ノ憂ア ルホドノ人ナラバ苦ニスルホドノコトニテナシ又其許ニ テモ公辺ナドヨリ云付ラレ今日サシカカリタル急用ア リテカゴ舟ナシニ日ヲツイテ大坂ヘ帰ラレヨサモナク ハ忽チ死罪ニ行フナドト云コトナラバ随分コケモタヲレ モセズシテ帰ラルルコト也然ヲ小スサマジキ女トモヲアツメ テ丸ニノルスラ目ヲフサギ結構ナル夜着蒲団ニ褁マワ

シテオラルルハ皆先祖ノ恩ニヨリテ也サモナクテ後家 渡世ヲシテヲル位ノモノニテ今日動カザレバ明日ノ食 物ナキト云ヤウナラバ右体結構ニシテ女トモヲ並立家モ人 モ廻ルナドト云テ居ラレンヤ是非頭ヲククリテナリトモ 起テ働カ子バナラヌコト也今左様ノ苦モナク結構ナル其 基本ヲ開カレシ先祖ハ昼夜千辛万苦シテ働出サレシコト思 ヤルバカリ也其恩ニヨリテ結構ニ生レ来リナガラ先祖 ハ何ホドニナルモ知ラス先祖ノ辛労セラレシ恩ニヨリ テ自由ノ余ルト云コトヲモ知ラス只ウカウカト暮サルル故 カヤウノ病ヲシ出ス也先祖ノ冥加ヲ思テナルママニ自

由ヲ働カヌヤウニセラルレバ此患ナシカヤウナル道理 ヲ以テ冥加知ラストモ亦オゴリモノトモ云ヘリ左様ニテハ ナキカト云ヘバ病人ヲ始メ老人ノ手代トモモ実ニ仰ノ通 也トテ殊ノ外感心セリサラバ今日ヨリ心ヲ入カヘ扨々 此方ハコレマテ大ニ了簡違ヲシテ居タルヨリカヤウノ 病ヲシ出シタルゲナ(※)今ヨリモハヤ是ギリニテ不了簡ヲ モ止メテ是非トモ立テ見ル気ニナラルレバ立ルルコト也ト 叚々論説シテ終ニ座シキノ中ヲアルカセ其翌日ヨリ毎 日予ガ宅ヘカヨワセタレバ程ナク快気シテ帰坂セリ其ヨ リシテ今ニ至テ已ニ数年ヲ経レトモナヲ右ノ恩ヲ忘レズシテ

※出シタルゲナ-「ゲナ」は接尾辞「げ」に助動詞「なり」の付いた形からの変化。①人から伝え聞いたことを表す。…ということだ。…だそうだ。②そのような様子だと推測する意を表す。…ようだ。…らしい。③そういう状態にあるということをやわらかに断定する。…であるようだ。

年々年始ト盆ニハワザワザ礼ニ来ルコト例也兎角此症ハズ ツトサシ向ヒタル時此人ハ此手合ヨリ説コムト受ルト 云コトヲヨク見定テ論説スベシ若其タタキ処違フ寸ハ説 ヲ受ヌモノ也又殊ノ外心胆ナドノ虚シタルユヘフラ付 ナドト自ラ云テ物ゴトヲ甚クツタク(※)シテ寐テイルモノ ニハ決シテシカリ付ル説ノ入カタキガアルモノ也諸医ヨ リ集ルモノコトニ皆胸膈ニモドコニモ病ハナキト云ヘ トモ自身ハ左様ハ思ハレスナドト云ガゴトキハ裏ヘマワ リテダマシテ説オトスヘシ貴人ナドニ多キモノ也一貴 人右ノ通リナルアリテ兎角諸医ノ云ヘル処ヲ疑ワレ益

※クツタク(屈託)-憂いがなく晴れやかなさま。

病重クナリシヲ予診察シテ此症ハモト内傷ヨリ起ルコト ニテ今甚虚脱セル処アリト云ヘバイカニモ左様ト思ワ レテ神気甚労シ腹中ノ動悸ナドモツヨク陽気モメグリ アシキカク手足モ甚冷ルナド云レシヲ一々皆内傷ヨリ 出ルコト也トシテモツトモゴカシ(※)ニシテ假リニ帰脾湯ヲ用 イテ主剤トシ扨右体ナカナカノコトニテイカウ陽分ノウス キ処見ユレトモココニ一ツノ手叚(※)アリ往年紅毛ヨリ渡リ シ処ノ大切ナル奇石ヲ予カ家ニ蔵メタリ此石ヲ掌中ニ 入テ日々ニ摩シテ止サル寸ハ石ノ熱フルニ随テ掌中ヨリ ノ陽気ヲ生シ叚々トメグリ出テ後ニハ一身ニ及ヒ心下

※モツトモゴカシ(尤ごかし)-相手のいうことは何事にも「ごもっとも」といって、その人の意を迎えること。
※手叚-手段の誤記か。

モスキ胸膈モ快ナルモノ也此石ヲシハラクノ間進ラス ベシ必紛失セザルヤウニシテ目ノサメラレシ間ハナデラ ルベシトテ帛紗ニ褁ミ桐ノ箱ニ入タルヲツカワシタリ 貴人ノコトユヘ予ガ云シ通リヲ丁寧ニ守ラレシガヤガテ 快クナラレタリ此奇石ト云シハ左ハナクテ鮓荅〔ヘイサラバサラ〕ニテ偽 リシ也陽気ノ生ズルト云シモ全クシツコクナデラレ バ熱スルナレトモモト神気ノウロ付テアル処ユヘ其然ル コトヲ知ラレズ此術ヲナシタルハ其ヘ神気ヲ移サセテ雑 慮ナドヲ止メサセ且陽気ノメクルト思ハルルニテ安心 サスレバ気分自ラ開クユヘ也心下クツログ寸ハ手足ノ

※鮓荅(サトウ)-牛・馬・豚・羊などの胆石や腸内の結石。解毒剤とされ、また雨乞いのまじないに用いられた。石糞。馬の玉。

冷ルモ止ノ道理也畢竟皆移精変気ノ一術ナレバ癇症ヲ 取アツカウニハ取分テ此等ノ具合ヲヨク工夫スベキコト ナリ
備前ノ豪家ノ後室一疾ヲ得テ眩暈シテ床ニ立コト能ザルモ ノ数年諸医術ヲ尽セトモ終ニ治スルコト能ズ故ニ予ニ治ヲ 求ンガ為ニ上京セリコレモ亦途中ハ甚六カシキコトニテ 多ク供マハリヲツレ且医ヲツレテ少シ不気味合ナレバ 直ニ路旁ニテモ薬ヲ煎ジテ飲セナドシテ或一日ニ二三里 或四五里ト云ホドヅツ来リシユヘ備前ヨリ京ヘ出ル間 凡十余日経タリ扨旅宿ヘ投シテヨリ早速家来トモヲ来セ

テ予ヲ招ケリ予トクト其経歴スル処ノ様子ヲキクニ相 違モナキ癇症也故ニ其宿処ヘ行コト能ハズ必予カ宅ヘ出 来ラルベシト云再三人ヲカヘテ来ラセ是非宿処マデ来 リクレヨト云ヘトモ決シテ行ズ叚々聞ケル処ノ様子ニテハ 此方ヨリ行テハ反テ病者ノ為アシカルベシ左モナキコト ナラバ行ハ容易ナルコトナレトモ予ハ少シ思フ旨アルユヘ 行マジ必コレヘツレ来ラレヨト云ツカハシタル故拠ナ ク出来レリ即其脈腹ヲ熟診スルニ皆初ニ思慮ノ如シ其 ヨリシテ叚々前條ニ説処ノ如ク其身体ノ豪富ナル処ヨリ 問入テ今安楽ニ暮シ色々自由ノナルハ皆先祖ノ辛苦セ

ラレシ徳ニヨルト云処ニ心付ヌタシナミアシキ故ニ自 然トオゴリノ付ヨリ此病ヲ生スルコトニテ先祖ヘ対シテハ 大ニ罰ノアタルコト也畢竟実ノ病気ニハアラズシテ只了簡 違自由ノ至ヨリ種々ノ得手勝手ノツノリテナリタルコト 也故ニ豆腐買ニ走リタリ徳利ヲサゲテ醤油買ニ行ヤウ ナルモノニハナキコト也ト云コトヲ詳ニ論シタルニ大ニ道 理ニ服シテ感涙ヲ流シ然ラハイカガシテヨカルベキヤト云 ヘリ何レ久々ノコトナルユヘ少々ハ体ニ悪キ処ナキニモ アラズ然レバ薬剤ハ用子バナラヌコトユヘ予ガ治ヲ受タ ク思レバ治ヲ施スベキガ何コトモ予ガ教ノ通リヲ守ラル

ルヤ左モナクハ何レヘモ見セラレヨト云ヘバ謹テ教ニ 背マジト云ヘリ然ラバ此後日々ニ予ガ宅ヘカヨワルル ニ必歩行シテ来ラレヨト云ヘハイカニモ仰ニ背クマジ去 ナガラ此マデアリ来ル処ノ立グラミニテ途中ニ於テ絶 倒シタラバイカガセント也予因テ云フ是即気ノマドイ ト云モノニテツイニコケタル例モナキ処ヲ只左様ニ思 ハルルユヘ歩行スルコトノナラザル也決シテ左様ノ気ヅカ イナキコト也十分ニ腰ヲノシテアユマルベシモシ途ニテ フラフラトスルヤウニ思ルルナラバナヲナヲ走テミルベシ 予亦世上ニ虚名ヲ知ラレタルモノナレバ予ガ気ヅカイ

ナキトテススメアユマセテ途ニテ絶倒サセタリト云レ テハ再大道中ニテ医ヲ業トスル面目モナキユヘ見事其 日ヨリ匙柄ヲ折テ医ヲ止ムベシト云シカバ其辞ノ強キ ニハゲマサレ帰リガケヨリ歩行シタリ病人右ノ通リナ レバ数々ツキ随ガヘルモノトモモヨロコビニ堪ズシテ小躍 リシテ帰リタリ此ラハ皆テツヘイヒシギ(※)ニテユケトモ中ニ ハ其手ニテハユカズシテ彼ノヨラシムベシ知ラシムベカ ラズ(※)ノ意ニテダマシテユカ子バナラヌモアリ能変ニ通 シテ見ルベシ前ニモ略云ヘルゴトク諸医ハ癇疾也ト云ヘ トモ自身ハ何分左ハ思ハレズ脾胃ノコトト思ナド云テ医ヲ

※テツヘイヒシギ-不明。
※ヨ(由)ラシムベシ知ラシムベカラズ-『論語』泰伯から、人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることは難しい。転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要は無い、という意。

信セズ一見識立テヲルナドハ即其身ノ思イツメタル処 ヨリ付入リ脈腹等ヘ引カケテイカニモ脾胃不メグリナ ル処アリコレニ因テ脾胃ヲ運転セシムル療治ヲセザレ バアシシ先食イスワリニシテ居テハ何レニモ胃中メグラ ズ歩行シテ腹ヲコナス寸ハ胃中メグリテヨシナドト云ヘ バ出アルク気ニナルモノ也兎角何ヨリナリトモ入ラルル 処ヘ付入テ論説スベシ是亦済世ノ一術ナレバ忽ニスベ カラザルコトナリ
総シテ病人ニ論説スルニ向ノ具合ニヨリテサマサマノワザ アルコト也然レトモ此ワザト云モ根元実意ヨリ出テ病者ノ

身ノタメヲ思テ云コトニアラザレバ益ナシケレウニテユ クコトトハ思ベカラズ故ニ強テ弁舌ヲマワシテテレンマ イス(※)ナド云コトニハアラズ又貴人ナドハ全体医ナドヲモ 虫蝿ノゴトク思テ居ルモノナレトモ其場ニ呑込マレテ万 事下バイヲスルヤウニナリテハ術施サレヌモノ也然ラ バトテ虫蝿同前ニセラレマシトテ傲放不遜ヲナスベキ コトニハアラズ左様アリテハ反テヤハリ虫同様ニセラル ル也礼節ナドニ於テハ最謹慎ニスベキコトニテ向ニ云ル ルコトヲモ治術ノ害ニスラナラザルコトナラバ随分云セテ ヲクベシ又マサカ我職分ニカカリ向ノ為ニナル養生筋

※テレンマイスー不明。恐らくテレン(手練)は、客が女郎をだますこと。女郎が客をだますのは手管(てくだ)という。ただし、両者の区別は厳密ではなく、共に相手をだます技巧をいう。『江戸語の辞書』

ノコトニ至テハ貴人トテモ恐ベキ道理ハナキコトユヘ一通 リハダマリテ云セテヲイテトクト向ノ器量ト才能トノ ホドヲ見スマシ十分ニ我胸中ニマキコミ例ヘバ其人ノ タブサ(※)ヲモツカンデユサブルホドニ自由ニ我度量ニ入 レテ論説スベシ然ラザレバ説トヲラヌモノ也向ノ量ノ 小キ人ナドハ十分ニ一ハミサセテヲイテ裏ノ手ヘ説ヲ ■シテ帰服サセルコト也
一婦人産後ニ癇症ヲ発シテ久シクムシヤクシヤトシテヲ リシガ蓐労ニモナルカトテサマサマニ惑ヘリ故ニ病ノ早 ク治セザルニ退屈シテ手前ニテ三井寺ノ夢想ノ黒薬ヲ兼

※タブサ(髻)-髪を頭上に集め束ねた所。もとどり。

用スルナドト云ゴトキコトトモヲシテ色々アセル様子也且其 比モ胸間ニ雞卵ホドノモノアルヤウニ覚テ気ザワリニ ナリ大便ノ通シタルアトニテハ腹中ノ具合アシキナト トサマサマ不足ヲ云ヘル故或日行シ寸叚々病ノ早ク治セ サルヲ苦ニセラルルトキコヘテ黒薬ナドヲ兼用セラル ル趣キナルカ是ハ入ラザルコト也全体ハ日々ニ快キ方ナ レトモ其身ノ欲ニテ右体彼此トセラルルコトナリ初ヨリ云 ヘルゴトク少シモ気ツカイナキコトユヘ今日ニ至リテモ 格別ニ入クミタル挨拶ナトヲモセザル也然ルニ予カ療 治ヲ待ドヲニ思イ手前ニテ兼用ナドセラルルコト甚慮外

ノ至也是非トモ黒薬様ノモノノ力ヲ頼ルルコトナラバ予ハ 断ルベシト云ヘバ大ニ誤リ入テ是非是非治ヲ請由也然バ 是マデハヤガテノ内モトノ通リニ平快サセテ渡セバヨ キコトト思イ病ノスガタヲモ説キカセサリシカ疑ノ開 ケルヤウニ一通リ云キカスベシ全体此病ハ癇症也ト云 ヘバ病人其癇症トアルガ甚胸ニヒビクト云ヘリ然ラバ 外ニ名アリ先美シク云寸ハ癇症也実ノ処ハオゴリモノ 一名ハ冥加知ズト云病也其ワケハ先コロ産ノ時分少シ 分娩■難カリシ寸ノ意ハ定テタトヘ死ストモ身二ツニナ リテ後死タシ願クハ死ズシテ在ベヨカシト自身ニ思ハレ

シナラン扨其ヨリヤウヤウ安産シタル寸ハ実ニ涙ノコボ レルホドウレシクシテ外ニハ何ノ案シモナカリシナラン 其後日ニ肥立ニ付テモハヤ右ノ場ハ忘却シテ叚々ト快ニ 付テ色々不足ヲ云タクナリ少シノ胸ノジユツナキ(※)ヲモ 堪忍ナラズ又初産ノ時分大ニ脱血シタルユヘカト云ル レバ傍ヨリモ共ニ和スルニツケ叚々調子ニノリ上リ人 ソバ(※)ヘスルト云モノ也其ニ準シテ身ノ自由ノスギルト云 処ヲモ知ラレザル也タトヘバ辻海道ニコモヲカブリテ 寐ル乞食ノ女房ナドナラバカヤウノコトハナキモノ也モ ハヤ此ホドニ肥立テハ日雇働ヲスルモノノ女房ナドハ

※ジユツナキ(術無き)-なすすべがなく苦しい。どうにもならない。「ずちなし」もしくは「すべなし」とも読む。
※人ソバヘ(人戯え)-人に甘えたわむれること。他人の好意を期待すること。

米ノ臼ヲフムホドノコト也然ルニ自由ニ養生ノ成ルハア リカタキコト也ト云ヲモ知ラス日ニ不足ヲノミ云ルルハ 冥加知ラスニアラズヤタトヘバ野外ノ人家ナドヘ寒風 ノ烈シキ日ニ行ントスルニ先町ハヅレヲ出タル寸ハ寒 クシテ面モ向ガタキヲ叚々トシノキ行テ人村ノ藪ノ陰ナ ドヘ取付シトキハ扨々出カシタリアタタカナル処ヘ入 込ダリト思フ暫ク里中ヲ行ク内ニハイツノ間ニカ忘レ テ又寒クナリ人家ヘ入ル寸ハ又格別ニ温ナルヲ覚ヘ火 鉢ナドニアタリテ甚快ク思フ内背ノ寒ヲ覚ヘ其ヨリシテ 火燵ニアタリタクナルト同ジヤウノモノニテ終ニアキ

タルコトノナキ也今ニテモ向ノ家ヨリ火コト(※)ノ出来ラハ 早速立チ上リテ家内ノ世話ヲシ徒行(※)ハタシニテ逃ラル ベシ実ニ病ツカレタルモノハタトヘ焼死トテモ左様ノ コトハ出キヌモノ也ト云シカバ是又大ニ感服セリ
或候ノ侍女肝疾ヲ患ヘ気悩甚シテ諸事ナスニ懶ク久ク湯 沐(※)ヲ廃スコレニ因テ養生ノ為メ九廻(※)ノ暇ヲ乞ヒ洛ニ来 テ予ニ治ヲ求ム予即診視シテ云ラク此症予カ敖ル(※)処ニ従 フ寸ハ治スベシ否レハ予カ知ル処ニ非ス病ノ愈ンヲ欲 セハ予カ云処ノコト悉君命也ト思イ諭スル処ニ従ベシ然 トモ火ヲ踏テ行キ足ヲ天ニ朝セシメテ歩ムカ如キ人ノナ スコトアタワザル処ヲナサシメントニハアラズ唯能ザル

※火コト-文脈から火事(かじ)であろうか。
※徒行(とこう)-乗り物に乗らずに歩いてゆくこと。
※湯沐(とうもく)-湯を浴びて、髪を洗うこと。ゆあみ。
※九廻(きゅうかい)-(中国語)ぐるぐると回りくねる。もだえ苦しむ。「一日九廻」というと「一日に何度も腸がねじれるほどに悩み苦しむこと」となる(『文選』司馬遷「報任少卿書」とのこと)
※敖ル(おごる)-文意不明。かまびすしく(やかましく)、か。

ニ非ズシテ為サル処ヲ云ンノミト婦モ亦預メ予カ言ノ此 ノ如ナランコトヲ知ルトテ唯命ノママ也ト云コレニ因テ 先方薬ヲ処シテ帰リ不日ニシテ又至ル其人初病ヲ得テヨリ 頭暈ノ患アリトテ平臥スルコト能ワズ蓐ヲ重ヌルコト堆(※)ク シテコレニ枕ス予即假リニ枕ノ高シテ腹部ヲ診候スルニ妨 アルニ託シテ強テ木枕ニ代シメテ久ク按腹シ頭暈スルヤ 否ヲ問ヘバ暈スルコトナシト云因テ前ニ枕スル処ノ蓐ヲ 徹セシム病者苦口ニコレヲ徹セサランコトヲ請ト云ヘトモ 予果シテ許サズ又日ヲ経テ至リ歯ヲ染眉ヲソラシメ又爪 甲ヲ切ラシメ予至ルコト一次コトニ必一事ヲ遂シメテ最

※堆(ウズタカク)ク-①物が積み重なって高くなっている。②高貴である。

後ニ浴場シ髪ヲ梳(※)ラシムコレニ因テ未タ日期ヲ満サル ニ全復常(※)シ其期ニ至テ帰郷セリ其初腹候モ悉ク左辺ニ 付テ拘攣甚ク四逆散加呉茱牡蛎方ヲ用ヘキ症也シ故始 末トモニ此方ヲ用ヒ且日ニ灸治ヲナサシメタリ後又診候 スルニ左辺ハヨク緩ミテ唯右臍旁ニ於テ疝塊甚シク其 ヨリ右脇下ヘツキコミ時々痛ヲナシ背悪寒シテ灸スルニ モ必一穴ツツ出シ其四辺包廻ササレハ寒ニ堪スト云前 ノ肝疾ヲ発セサル寸既ニ右ノ痛ノ萌シアリ故ニ全体本 ヘ立帰リシモノニテヨクナリタルニテハアレトモ此悪寒 ナトハ一概ニ惰気ヨリ起ルコトトシテ叱ルヘキコトニモアラ

※梳(クシケズ)ル―櫛で髪の毛をとかして整えること。
※復常(ふくじょう)-正常に復すること。もとどおりになること。

ス故ニ又四逆散ニ良姜乾姜劉寄ヲ加タルヲ用是サイワ イニシテ右ニ事アル故良姜ヲ用テ其ヘ乾姜ヲ持合セ右 脇ヲユルムルノ手叚(※)也総シテカヤウノ痛ニ限ラズ痛アル 処ヘハ必水飲ヲ聚ルモノ也此意得最大事ト知ベシ故ニ 諸痛トモニ兎角温薬ニテユルムルヲ最捷也トス
丹波亀山ノ家中ニ松平某ト云人アリ其主人東都ノヲモ キ役ヲ勤ラレシ時従テ東都ニアリ公務ノ暇時々大ニ酒 肉ヲ恣ニシ且野猪肉ヲ食シテ後大衂血ヲ発ス凡ソ医ヲ聚 ルコト四十人計ニシテ治スルコト能ハズ三日ヲ経テ後ヤウヤ クニシテ自止ム爾後左辺頭痛裂クガ如ク昼夜苦悩ニタヘ

※手叚-手段の誤記と思われる。

ズ故ニ東都ヲ辞シテ本国ニ帰リ後洛ニ来テ治ヲ予ニ求ム 予其人ヲ見ルニ所謂面長棗ノ如シ且東都ノ医ノ治方ヲ 問フニ悉皆血虚也トシテ地黄類ノ滋潤剤ノミヲ用ユト予 即云フ吾ヨクコレヲ治セントテ大剤ノ麦門冬湯加黄連 石羔方ヲ用ユ十日ナラズシテ頓ニ愈タリ此等ハ皆諸医血 症ト云処ニ眩惑シタル故ニ右ノ通リ也畢竟厚味ニテ邪 火ヲ欝積シタルノ症也今其人本国ヘ帰リ其後京御役ヲ 務テ亨師ニ住ス此コロ又左手麻痺シ且気喘ヲ患フ故ニ 人皆其務ニ堪ザランコトヲ思テ止ムレトモキカズ強テ公事 ニツク其意ニ謂ク公事ヲ務テハマサニ力ヲ竭(※)スベシタ

※竭(ツク)ス

トイ馬上ヨリ堕テ死トモ本ヨリ甘スル処也ト然ルニ此人 平日ハ少シノ高キ処ヘ上リテモ気喘甚シテ堪ズ唯火災ア ル寸ハ直ニ馬ニ跨テカケ出スト也此時初一町許ハ気息 ハゾミテ苦シケレトモ其後ハスツト気力モツキ立チテ息 ノハゾムコトモナク務ルト也故ニ予其気分ヨリ右ノ通ニ ナル趣ヲ色々論説シタルニ殊ニ感服シ且諸医ハ臂肩ナ トノ痛寸ハ多ハ清湿化痰湯ノ類ヲ用タリ是ハ悉ク枝葉 ヲ治スルニアリシニ今命ヲ聞処ハ皆病ノ根木也トテ甚 悦懌(※)セラレタリ
一貴人癇ヲ発シテ四五日モ絶食セラレシ時毎日五六遍

※悦懌(エツエキ)-よろこぶこと。

ツツ食ヲ進ムレトモ一向食セラレス只箸ヲ取上テヲラル ルハカリ也後ニハ側廻リノ者モ種々計策ニ尽テセンカ タナク(※)假リニ膳ヲスエ拾ニシテ(※)次ヘ下リ襖ヲシメテ其隙 ヨリ窺ヒ見レハツロツロ取上食セラル飯ナトノ尽タル 時ニソツト襖ヲ開キ行テカエテ進ラセ又襖ヲシメヲケ ハ残ラス食セラレタルコトアリ癇症ノ上ニテハカヤウノ コトモ心得アルヘキモノ也
見宜伝(※)ノ中ニ或大名ノ姫ノ強ク肝欝シテ居ラレシヲ見 宜診察シテ此人ハ髪ニ異色アリコレヲ切ラハ必血出サン トテ悉ク其髪ヲ切リステ扨城門ヲトサシ劔戟ヲカクシ

※センカタナク(詮方無く)-なすべき方法がない。どうしようもない。やりきれない。たまらなく悲しい。
※膳ヲスエ拾ニシテ-意味不明。配膳の形式だろうか。
※見宜伝-『見宜翁伝』(天和3 [1683])松下見林(1637-1703)か。〔国立 特1-827〕

テ庭中ヘオイハナシ一面ニ心一ハイ走リ廻ラセタリ案 ノ如クケシカラス(※)走リ廻リテ終ニベタリト行ツカレン ヲ多温酒ヲ飲セタレハ醉ニ乗シテ熟睡シ覚テ后ツ子ノ如 ク(※)神気爽ニナレリ其時香蘇散ヲ用テ終ニ全ク愈タリト アリ
一貴家ノ阿嬢日々晩景ニ至レハサメテ快クナリ朝ニ至 レハ脈ニ数ヲ持ヤウニテホカホカト熱アリ諸医皆骨蒸 潮熱ニテモアルヘキカト疑フ予コレヲ診スルニ暁天ニ 至レハ固有ノ癖物十分ニ心下ヘ衝キ浮ミテ右ノ通リナ ラシムルモノ也総シテアサ子ヲ過セハ癖物ノ十分ニ衝ウ

※ケシカラス(異しからず/怪しからず)-①怪しい。異様。②よくない。不都合。③ひどい。甚だしい。④すばらしい。相当なものだ。
※覚テ后ツ子ノ如ク―「覚めて後、常の如く」

カミタル処ニテ甚熟睡スルモノ也左アルト起タル寸甚 心アシクシテボカボカトスルモノ也
一人肩背疼痛ヲ患診スルニ肝気両脇ヘシマルコト甚ヨリ スル処也右肝気ノ所為ニテ其人甚性躁シクナリ家事万 端ニ付テ世話ヤクコト尤多シ故ニ予色々論説シテ其後行 シニ予ガ至ルヲ見テ急ニ席ヲ設ケサセナトシテ改ツテ 挨拶シタル故医ノ来ルヲ見レハ貴人方ノ成ラサルル如 ク彼此ト世話セラルルコト甚無用也畢竟医ハ病人ヲ見ニ 来ルマテノコトナル故病人ノ身ヨリハ改ツテ礼節スルニ モ及ハヌコト也ト云シカハ然ラハ御免下サレヨ背〔ウシ〕ロヲ向

テ居マスト云シ故即其御免下サレヨト云ルルタケガヤ ハリ万端ヲ世話ニセラルル処ヨリ出ル言也先此等ノ処 ヨリ止メテ只御苦労デゴサルト云位ニシテ万端モ是ニ準 スルヤウニスヘシ左ナクテハ此痛止ス又死ヲ恐テ気ツ カワルレトモ死スル気ツカイアル症ニ非スカヤウノ心ツ カイハ皆我仇トナルコト也ヨシ又死ニシテモ死ヘキコトヲ 覚悟シタル上ニテサワク道理ハナキコト也ナトトサマサマ 論説シテ薬ヲ用タレハヤカテ痛ヲ忘レタリ
一貴人病ヲ得テ其症噎嗝ノ漸ニ似タリ諸医嗝ナリトシテ 治スレトモ終ニ愈ズ其人モト志ヲ失シテ憤欝ヲ抱ケリ故ニ

両脇肝部ニ於テ痞鞕尤甚シ予其候ヲ詳ニシテ四逆散ヲ用 イ章門京門ナト連灸シテ噎嗝ノ患頓ニ失シタリ 一婦人老年ニ至テ肝火甚亢極シコレニ因テ頭髪悉ク頓 ニ白クナリ脱ケヲチタルニ鱧腸草〔タカサフロウ〕ヲスリテ其生汁ヲ頭 ニ付テ甚タ快クシテ其火逆ヲ免レタルアリ
癇ヲ発シテツキツメタル病人ニハ最大灸スベシ先十五灶 二十灶ホドヅツツツケテハ見合セテスユベシ又一穴ツツ ニ限ズシテ其勢ノ甚シキモノハ諸穴一度ニモスユベシチ ヨツトスヘタル寸ハ下地オサマリテ在テモ灸ニテ動シテ 又発スルモノ也タトイサシコミツキツメナドシテモ気

※鱧腸草-「鱧腸」は「タカサブロウ(高三郎)」という名のキク科の植物のこと。生薬名としては「レイチョウ」と呼び、乾燥させ煎じ、吐血などに用いる。

ヅカフベカラズカマワズスヘル中ニハジリジリト二三 灶四五灶ノ中ニオサマルモノ也故ニ所詮起リテモ止テ モカマワズ灸スベシ勿論灸キライノ家ナドニテハ色々 ノ邪説ヲ信ズル故ヨク引合フテ後灸シカカルベシ先此 方ノ療治ニナレバ大灸スベシ大灸ニテ数々治験アリシ コトアル故灸シテ佳カルベシ然トモ灸ニテ届キ全快スルモア リ又病ノ変化ハカリナキモノニテ人ノ性命ハ本ヨリカ ギリアルモノ故自然ト薬灸トモニ力届カスシテ死スルモア リサレトモ此場ニ至テ只少々ノ薬汁ニテヌラシタル位ニ テハ治スルコトニアラズ見ナガラ自然ト斃ルルモ待レヌ

コト故届ク届カザルニ拘ラズ灸治ナドスルハ人事ヲ尽ス ト云モノ也且仕合ヨクシテホドヨク開ケバ双方トモニ此上 モナキコト也何分此ママニテ見ルニハ忍ビザルユヘ心一 ハイヲ述ブル也此方ノ手叚(※)ハ右ノ通リナレトモ病人ハ此 方ノ自由ニモナラザルコト故此上ノ取捨ハ了簡次第ニセ ラルベシ強テススムルコトニモアラズイカニトナレバ若 灸シテモ命尽テ死シタラバ此方ニハ灸シテモ届カズシテ死ニ 至ント思フ寸ニ病家ハ灸火ノ毒ニアタリシヤウニモ思 コトアルモノユヘ也只此方ニ治ヲナセト云ハハ灸薬兼子 施スベシ然ラザレバ肝心ノ手叚(※)ヲ残シテ為ニナラヌユヘ

※手叚-手段か。(「叚々」とあるのは「段々」の誤記か)

治療ノコトハ断也ナドトヨク病家ニ云キカセ其上ニテタ ノメバ力一ハイ取アツカイ見ルベシ
発狂シタルモノニ熊胆参連ナドヲ通シテ用ルコトニハアラ ズ此症心下ヘキユツトシメ上タル処ナド多クハ右ノ物 ニテハ下ラズ発狂ニナル前ノ絶倒ナドシタル処ヘ用テ ハ佳カルベシ此症古金ノ煎汁辰砂ノ丸薬ナドヲ用ユ実 症ナルモノニハ紫円ナドカケテ下シテ佳シ卒ニ狂ヲ発シ 甚アラクナリタルモノハ中ニテ坐シテ居ルルホドノ箱ヲ コシラヘテ其中ニ入ヲクベシ勿論手足ノ自由ニ働カサ レヌホドニシテ前ヘ小キ窓ヲアケ其ヨリ食事ナドアテガ

イ下ノ処ヨリ大小便ヲ取捨ルヤウ製スレバ一人シテ箱 ナガラニ寝サセ起コシモ自由ニナリ甚便利ニシテ病人ノ 鎮ル為ニモ佳モノ也又棒シバリニシテオクモ佳シ屡々 此法ニテ験ヲ得タリトカク手足ヲ自在ニアガカセルハ 甚悪シ体自由ニナレバ是ニ付テ益肝気ヲ動スル故也又 発狂ニテモ叚々(※)久ナリ外ニ色々悪キ処出キタルモノハ 右ノ例ニアラズト知ルベシ発狂シタルモノモ下元ノ気 虚シタルニアラズシテ只篤厚謹慎ナル人ノ不図(※)発狂シタ ルモノナドハ潅水ノ法ナド用レバヤガテ鎮マルモノ也 腎部ノ虚シタル上ニテノ発狂ハ何分治シガタキモノ也

※叚々-恐らく「段々」。
※不図(フト)-①思いかけなく、突然起こるさま。不意に。②これといった理由や意識もなく、物事が生じるさま。③たやすく。簡単に。④動作の素早いさま。

発狂ノ病人ニ初ニ紫円ヲ用テ勢ヲクジキ其アトヘベツ タリト熟芐ノ莎芐湯ニ麦門紅花ナト加ヘタルヲ用テ肝 腎ノ火ノコルルコト甚シキ処ヲユルムレハ至テヨクヲサ マルモノアリ熟芐ニテ甚受意口ヨキモノアリト知ベシ 心下脇下ヘ癖物ノツキコミ強キ人ハ甚ツキコミタル方 ノ目ハ得テ邪視スルヤウニ成モノ也又左右ニ随テ目ニ 大小モデキルモノナリ
老人肝疾ノ後狂ヲ発シタルハ十ニシテ七八ハ不治也是畢 竟燈火滅セント欲スル寸ハ光ヲ益ノ意ナリ
発狂ノ病人ハ兎角潅水スルヲ弟(※)一ノ手叚(※)トス水ヲカク

※弟-「第」の誤記か。
※手叚-手段か。

レハ初ニハ甚悦フモノ也随分唇ノ色ナトモ青クナリ骨 ニ透ルホトアブセルヲ佳トス前方ハ紫雪(※)ヲ用タルコトア レトモ是ハ余リ効ヲ得ス又或伝ニ一戔灸ヲスルコトアリ是 モ各別ノ奇効ハナケレトモ此法ニテ治シタルモアリ此灸 ハ其病人一向ニ灸ノ痛ヲ覚ヘスキヨロリトシテスヘサセ ルモノ也是モ予カ工夫ニテ五分一灶トシテ紙ヲ径一寸二 三分高サ五六分許クライノ如キ形ニ二三ヘンハリタテ 其中ヘ艾ヲツキコミ其紙ノ底ヲ糊ニテ灸穴上ニハリ付 テ灸スル也灶数ハ大抵七ツホトツツスヘテヨシ此手叚(※) ヲ考ヘ見ルニ灸ノアト大瘡ニナル故是ニヨリテ其病毒

※紫雪(しせつ)-石川県に、江戸時代から伝承される家庭薬。内服用の練り薬で、熱病、傷寒、酒毒、吐血、食滞などのときに用いる。紫雪丹。
※手叚-手段か。

ヲヌクコトト見ユ故ニ其伝ニ灸瘡ニ膏ナト貼スルコトヲ禁 シテアリ是灸瘡ヨリ気ヲモラスノ工夫ナルヘシ予今ニテ ハ先第一ニ潅水ノ法ヲ用テ治シタル処ニテ第二ニツ子 ノ伝灸ヲスルナリ此手叚(※)ハルカニマサレリ又或針医ノ 伝ニ上廉下廉三里三陰交風市絶骨ヘ少シカタケテ横ニ 成ルヤウニ針ヲサシコミフツツリトリウズモトヨリ切 テステテアトヲモミトメテ置キ後ニ針口タタレテ出ル コトアリ是モヤハリ灸ニテ瘡ニシテトルト同意也金針ヲ 用ユ此方ニテ治シタルモアリ又黄蘗ノ独立禅師ノ伝モ 別ニアリ是ニモヨキコトモアレトモ兎角此等ヨリハ予カ今

※手叚-手段か。

用ル処ノ潅水及薬剤ノ手叚(※)奇効ヲ得コト多シ 発狂シテアル人ニ紫円三黄ナト用テ反テ大柴胡ナトハア マリ用サルワケハイカニト云ヘハ先大柴胡ヲ用テハヲ モニ心サキヨリ下ノコトニナル也全体此症ハ心サキヘ強 ク引上ケ是ニテ隔テテアルユヘ其ヨリシテ上ヘサシテ火 燄ノ立意也故ニ大柴胡ヲ用ヒスシテ三黄類ヲ用テ心下ヨ リスツト下ヘツキヌイテ穴ヲアケル意也此ノ如クスレ ハ其火燄シツマル故精神正クナル也若又其ニテヌルク シ瓜蒂ヲ用テ吐ヲ取ルモ根元ノ道理ハ同コトニテ只上ヘ 行ト下ヘヌクトノ違マテ也又至極上炎シテ頭部ナトムシ

※手叚-手段か。

ヤクシヤトシテ髪ノ毛ナトヲムシリタリ撥ナトスルハ潅 水シテ火気ヲ鎮ムルコト也此ノ如ク取アツカヘバ実火ヨリ 来ルモノハ大抵治スレトモ此症ニモ虚候ヲアラワセルモ ノハ右ノ手叚(※)ニテハユカス兎角紫円ハ右ノ通リ胸膈ヨ リシテスツト下ヘツキヌクモノ也故ニ亀胸亀背ニ東洞老 人ノ用ラレシナトモ同シ意也又産後脚膝痿弱ノ症ナト ニ紫円ヲ用ルモヤハリ同シク心胸ノ気ヲ下ヘスカス也 此症若紫円ヲ用ヘキ者ニシテ心胸ヘコヅム(※)コト強シテアリナ カラ下モ臍下小腹ナトニ於テモ症ノ拘彎スルコト甚シキ モノナラハヤハリ本剤ヲ四逆散ナトニシテ紫円ヲ兼用ス

※手叚-手段か。
※コヅム(偏む、こずむ)-①心が明朗さを失う。②大勢が一か所に集まる。一方にかたよる。

ヘシ

西椹医冲生先生参校
蕉窓雑話二編終