蕉窓雑話 第四巻

底本:国立図書館蔵ヤ9-1083-1(1、2巻のみ)及び、京都大学デジタルアーカイブRB00000250(全巻)
参考図書:『蕉窓雑話・蕉窓方意解』雨宮良三(創医会)

本文

※以下、基本的に1ページ(半丁、葉)毎に分けて記載する。

蕉窓雑話四編
   東郭和田先生燕語      門人筆記
蛇含石鉄粉辰砂禹餘糧牡蛎ナト何レモ皆鎮墜シテ水気ヲ 利スルモノ也サレトモ各其得タル処ノ能アリテ少ツツノ 違ハアレトモ至テ細密ナル処マテハ尽ク論シ分カタシ意 ヲ以テ迎ヘ見ルヘシ全体ハ何レモ皆気ヲ鎮墜スル故水 気モサハキ水気サハケル故気モ鎮墜スルノ道理ニテ両 方持チ合ニナルコト故何レヨリ云モ同シコトノヤウナレトモ ヤハリ気モ鎮ツイシ水気モサハクノ能アリ発狂ノ人ニ

辰砂ヲ用ルモ古来ヨリシテ色赤キモノ故心ニ入テ心気ヲ 鎮ムルナトト云ヘリ畢竟心トハ胸ナリ其胸ノムシヤク シヤトシタル処ノ痰飲宿水ヲ下ヘサシテ墜下スルコト最 スルトキ勢アルニ因テ也又古来ヨリ痰心竅ニ迷フナト ト説テ痰飲宿水ノベツタリト心ノ穴ノ上ヘ塞カル故ニ 狂妄スルコトヲ云ヘリナルホト六ツカシク云時ハ左様ノ モノ也何レ此痰ノ迷タルハ胸膈ヘサシテ火ノ亢ルコト甚 シキニ因テ也コノ故ニ或ハ瓜蒂ニテ上ヘヌキ取モアリ 又紫円ヲタタミカケテ用イ下ヘヌクモアリ又大腸ノ方 ヘヌカスシテ小水ノ方ヘヤワラカニ引テ取ト云ニ成テハ

辰砂鉄粉金汁ナトヲ用ルコト也兎角胸ヲ利スレバ心下和 ラキ心下和ラケハ胸膈モ利スルモノ也右ノ症ナトハ根 元気結ニ因テ宿水ノ聚タルモノニテ気利スレハ宿水モ サハケ宿水サハケレハ気モ自然ト利シテ両方持合ニ成 コト也故ニ薬モ同ク気ヲ利スル能アレハ宿水ヲサハキ宿 水ヲサハク能アレハ気モ利スルモノニテ只各其物々ニ 少ヅツアンハイアリテ色々ノキキ場アルモノナリ 胸膈クツロガサレバ心下ハスカズト云コト常々心得ベキ コトニテ治術ヲナスモノノ為ニハ法然ノ一枚起請(※)モ同然 ト知ルベシ

※法然ノ一枚起請-浄土宗の開祖、法然が死の直前に自身で記した遺言である『一枚起請文』(いちまいしょうきもん)のことか。

嗝(※)症ナドモ至テ辛キモノカ至テ甘キモノナレバ通ルモ ノ也トオガラシナドヲ用ルコトモアリ又烟草ナドニテ通 ルコトモアルモノ也サレトモ只一旦通ルバカリニテハ何ノ 益ニモ成ザルモノ也白ミモ少シアルヤウニテヌメヌメト 光リテ乾燥シタル舌ハ附ヲ行処也今一叚(※)ニシテベニ色ナ ルアリ黄ナルモアリサレトモ黄ナルニハ得テハ薬汁ニテ 染タルアリウガイサセテ見ルベシ高貴ノ人タリトモカマ ワズウガイサセテトクト見ルコト也又上一遍ハゲテ其下 ヤハリサクサクトシタル舌ニ石羔ノ行場アルアリ附子ノ 行場アルアリ又四物類ノ行場アルモアリ

※嗝(カク、キャク)-げっぷ、おくび、しゃっくり。
※叚-段であろう。

水腫ノ甚入組タル症ニ八味丸ナド用テ居ルニ始終用ツ メルモノト中ニテ切カヘ子バナラヌモノトアリ此処甚 具合モノ也畢竟八味丸ナドヲ用ツメテオルハタトヘバ 相撲ノヤグラニ取組テツリ上タル如シサレトモムサトオ トシテハ向ヨリ其拍子ヲ付ケコムヘキ勢アルモノハ十 分ニツリ上タル上ニテオトサ子バナラヌコト也右八味丸 ナドニテ十分心下モスキ下部ヘ腫多ク成タル処ニテ分 心気飲ニ製附子ヲ加タルナドニ切カユルハ叚々小水ノ 通シヨク成リテ腫モ取レルモノ也然トモ此症ヲ患ル人ニ ハ多ク下元ノ気虚脱ノ候アルモノ也下元極虚シテハ兎角

救カタキモノユヘヨク意ヲ用テ診察スベシ
腹脹ノ病人鳩尾ノ処ヘツキシマルコトナキモノハ自身ハ 満ザルヤウニ思モノ也腹脹甚シキモノニ至テハ自身ハ 満タルト思ニ外ヨリ見テ満ス自身満ズト思ニ外ヨリ見 テハ満ルナド云コトハナキモノ也軽症ニ於テハアリモシ ツベキコトナリ
四逆散ニ呉茱萸桑白皮ト組時ハ胸膈ヘ飲ナトノ聚ルニ 用ユルナリ
分心気飲ハ古来云通リ心気ニ与ルコトニテ兎角ムシヤク シヤト物案シナトツヨクシテ欝結スル症ニ用ル薬也

破故帋ハ腎膀胱ノ間ヘ行ク薬也利水ノ功モアルモノ也 赤小豆忍冬ナド組合タル薬ヲ飲ム中雞肉猪肉ノ類ヲ食 シテハ趣意モトルナリ
地膚子ハ脾胃ヲスカシテ利水スルノ功アリ此等ハ本〔ニ〕役 者ニハアラス総シテ此類■(※)麦ナドモ皆大抵同シ功能ノモ ノ也其中車前子ナドハ少シ外ニワサアリテ兎角目中ノ 火気ヲ利スル功ナドアルナリ
下血ヲ患ルコト屡ニシテ色青黄白或青黄ニシテ土色ヲ兼又ハ 少シ黄ハミヲ持ナトシテ呼吸短促シ少シ面部手足ナトニ モ腫アルノ症ハヤハリ黄胖ノ中ニテ下血スルノ一症ア

※■-貝貝/隹。鸎であろうか。

ルモノナリ是全ク脾胃ノ湿ニ因ルコト也故ニ鉄粉剤ヲ用 テヨシ近年マテハヤハリ黄胖薬ノ鉄粉剤ヲ用タリ大黄 ナトノ用カタキハ本事方ニ云々スル処ノ薬ヲ用ヘシ即 三聖丸是也近来又別ニ一奇方ヲ得テ用ルニ屡奇効ヲ奏 ス其方釜底墨〔大〕鉄粉〔中〕茯苓〔小〕已上三味糊ニテ丸シ毎夜 一戔目或二戔目ツツ用随症ノ方ヲ服用スレハ日ナラス シテ下血止也
下血ノ症ニ茴陳四苓ニ附子ヲ加タルヲ用ルハ下焦湿熱 アリテ虚候ヲ兼タルモノ也三黄湯ヲ用ルハ腸胃ノ実火 也四君子湯ニ黄芪(※)白扁豆ヲ加タルヲ用ルハ腸風下血ニ

※黄芪-黄耆のことか。

テ是ハ腸風中ニ水飲ヲ畜テ其ヨリ血分ニ変動付モノ也 又真武湯ナド用ルハ胃中及下焦ヘツタリト正面ニ虚寒 アルモノ也是ハ一ト通リノ下血ノコトヲ云ナレトモ若痔ア ルモノニテモ用ベキ候アレハヤハリ用テヨキナリ
日野屋何某ナルモノ大吐血ヲ患フ諸医屡用地黄湯類ヲ 用テ間々朝鮮参ヲ兼服セシムルコト夥シリレトモ其血出ル コト益盛也予以テ実火也トシテ麦門冬湯加黄連石羔方ヲ処 シ一貼ニ用ル処ノ石羔ノ重サ廿九銭ナルヲ連進スルコト 三貼ニシテ頓ニ愈ユ初メハ任脈水分及鳩尾ニモ少々動悸 アリ然トモ出血止テ翌日ハ直ニ歩行スルコトモ成リ彼動悸

モシツマリタリ此等ノ動ハ同ク任脈ニ見レテモ真ノ虚 候ヨリ出ル動トハ根ノ力ラ違イ畢竟急ニ走リタル寸暴 ニ動ノ付ト同ヤウナルモノ也実火ヨリ出ル血ハ血ノホ ドハシルト云モノニテ其ホドハシルホドハ又湧ヤウナ ルモノ歟ト思ハルル也大ニ脱血シナカラ直ニ達者付処 ナド考ヘ見ルヘキコト也
暴ニ大吐血シテ其血止ザルモノ或気絶シタルモノ否ラサ ルモノ倶ニ鳩尾ノ穴ニ灸スベシ其灸大サ中指頭許ニシテ 数百壮灸スレバ其閉塞シタルトコロ開テ血モヨク止モ ノ也予数々試テ奇効ヲ得タルコト也サレトモ其病人既ニ悶

絶シテガツハリト口ヲ開テイル如キ難症ハ格別ノコト也 痘ニササ湯ヲスルコトハナクトモ可也サリナガラ湯ヲカケ レハヨクカセルモノユヘ随分湯ハシテモヨシ
三消渇ノ名古来ヨリ云コトナレトモ其中チ(※)上消渇トハ云カ タキニ似タリ是ハ是非トモ中下ヨリスルコト也膏粱厚味ニ 因テ胃中実火ヲ畜ヘ消渇スルモノハ中消也腎元虚敗シテ 虚火妄動スルニ因テ消渇スルモノハ下消也畢竟此中下 ノ火気炎上シテ心肺ノ部ヲ熏灼スルナレハ別ニ上消ノ 名ハ入ザルコト也其下消ノ症ハ兎角下部ヘ力ラヲ付テ熱 ヲ解スルヤウニスベシ

※チ-不明。何かの異体字であろうか。

持病ニ喘ヲ患ルモノ四逆散ニ麦門石羔ヲ加テ用ルアリ 麻杏甘石湯ヲ用ルアリ又麻杏甘石テハ治セヌ強キ喘ア リコレヲ治スルハ自製ノ喘ノ一方ナリ
喘ニ抑肝散加芍薬ヲ用ル手叚アリ
喘ノ一方ヲ用ベキ処モ其時合ニヨリテハ桂苓朮甘ニテ 佳コトモアリ此等ハ皆ベツタリトユルメルモノナリ
小柴胡加三味ノ咳嗽方ハ肝部ヘヲモニカカル薬也此症 両脇心下フサカル故其ニテドウセキ入テ胃中宿滞伏火 ト両方相持ニ成テ上心肺ヲ熏蒸シテ咳嗽スルノ意也火ア レハ必水ヲ引上ルモノ故何レ咳嗽ハ皆水気ヲ兼ルコト也

虚火炎上ニ付テノ咳嗽モ同ク水飲モ兼ルモノナリ 火気ノ変動スル処ノ尤ヨク知ルルハ支飲也肩ニテ息ヲ シテスウスウトゼイツキ肺部ヨリ中脘辺マテモコヅミ 聚テアルモノナドハ医ニ脈ヲ見セルトテ手ヲ出ス拍子 ニ気分改レハ乍チ息ノキルル如クナリテ暫時モタヘカ タキ容子ニ成モノ也カヤウナル寸其脈ヲ直ニハ見ヌモ ノ也気息格別ニ動シテアル故也其時ハ暫ク待合セテ病人 ニモ必何ニモ隔意(※)ニ思ルルコトナカレ心ヲ用ラルルト気 息動シテ宜カラス先々トクト気ヲオサメラレヨナトトア リベカカリ(※)ニ云キカス時ハヤレ湯ニテモ飲マシテクレヨ

※隔意(かくい)-心にへだたりのある思い。打ち解けない心。遠慮。
※ありべかかり-「あるべきかかり」の音の変化。①通り一遍であるさま。型どおり。おざなり。②ありのまま。③手当たりしだい。やたらむしょう。

サテサテジユツナキコトニテアリシナトト云ホトノモノ 也サヤウアル時ハ今暫外ノハナシナドシテ居テトクト 病人ノ気分オサマリテヨリサア見テモヨキカト云ヤウ ニ心易ク云テ診察スレハ何コトナク其地場ノ処見ユル モノ也大抵カヤウノ趣ニテ火気ノ変動スル処ヲ考知ヘ シ息ノゼリツクナトハ勿論水飲ニ因コトナレトモ水必徒然 トシテ聚ルモノニ非気動スレハ火随テ逆スル故水飲モ亦 同ク動スル也コノ症ナトハ下女丁稚ナトノ茶ニテモコ ホスカ何ニテモ気ニ入ヌコトアリテ少シ怒ル心アル時ハ 乍チクワクワトシテ変動スルモノ也総テ心下脇下ナトヘ

動気ヲ持ハ気ト水火トニテ拘攣シテ相扇ク故也気逆ス レハ火ヲ生シ火ニテ水ヲ引上水聚レハ又其ヘ火ヲカモ シテ扇キ立ル故動築スルナリ
支飲類ノ症ニ牢弦革ナドノ脈出ルハ大悪症ナリ
総シテ痢疾ニ初ヨリ後重ノナキモノハ用心スヘシ後重ア ルハ大抵皆実症也サレトモ是ニモ亦虚ニ属スルモアリ一 概ニハ云カタシ爛腸ノ痢湿熱ノ痢ナト云コトハ強テ分ズ トモヨキコト也症ニ因テハ血剤ヲ立カケ用子ハナラヌモノ ハアル也後重ハ多皆症ニ固コト也実人ノ後重強キモノハ 下剤ニテ一旦毒ヲヌキテヨシ然レトモ此下剤ノ止メアン

ハイ甚巧者ノ入コトニテ何分実事ノ上ニアラサレハ分リ カタシ兎角下剤ノ不及シタルハ苦シカラス過用シテハ 害アリ若過スレハ後ニハ止ル期ナキヤウニ成モノナリ 大抵一通ノ症ハ兎角腰湯ヲシテ褁(※)ミ廻シテ汗ヲ取レハコ レニテ邪気ヌケルモノ也虚実症トモニ青菜ヲタタキタル コトキ物ヲ下スハ甚悪症也黒色ノ便ヲ下スモ悪症也
脚気中ハ勿論脚気後ニテモ痢疾ヲ受タルハ甚悪症也元 来脚気ト云モノハ内ノ不メクリヨリ出ルヲ以テ其処ヘ 痢ナト受テハ悪キ道理也痢疾ハ初メニ蕩滌スヘキ症カ ズカズアリトハ云ヘトモ得テハ蕩滌スマシキヲ疎滌スル

※褁-ふくろ。

モノ也気ヲ付ヘシ虚ナル処ヲ蕩滌スレハ其アト何分カ タ付カタクナリテ甚悪キモノナリ
痢疾ノ鮮血ヲ下スモノハ多ハ黄連ナトヲ用ルコト也サレ トモ又中ニハ此症ニ附子ヲ用子ハナラヌコトアリ随分診察 ヲ細密ニスヘキコトニテ此手合甚入用ノコトナリ
痢疾赤白ニ因テ気血ヲ分ツコトニハアラス赤白トモ各寒熱 虚実ヲ分テ療ズベシ赤キモノニモ寒アリ熱アリ虚アリ
実アリ一概ニ云ベカラス白キモノモ同例ナリ
痢疾ニ傷寒論ノ桃花湯ヲ真武湯ノ煎湯ニテカキ立用ル コトアリ其外対症ノ薬ヲ煎汁ニシテ用ルモヨキナリ

闘牛児〔ケンノシヤウニ〕(※)ハ数々痢疾ニ試タレトモ余リ効ナキモノ也 摂州二ツ屋村木屋何某年五十五去年痢ヲ患テ一粒金丹 ヲ服ス爾後今ニ至テ腸■(※)ヲ下コト日ニ七八行或五六行也 一医コレヲ診シテ謂ラク渋薬ノ毒未タ尽スト因テ薬ヲ投 スルコト二十貼許ナレトモ寸効ナシ故ニ病客其医ヲ信セス シテ治ヲ予ニ請フ予コレヲ診シテ云是果シテ薬毒ノ尽サルモ ノニアラス必固有ノ疝ノ動スルカ為ス所也然トモ年高シテ 疝動スルモノ多ハ是腎家衰弱ニ因テ也ト故ニ処スルニ 真武湯加甘草ヲ以テスレハ数日ニシテ疝ノ拘攣セルモノ 緩クナレリ此真武ノ附子ナトハ疝ヲウコカセルコトニ成

※ケンノシヤウニ-ゲンノショウコであろうか。ただし闘牛児(牻牛兒)はきばふくろうという植物であり、本来のゲンノショウコとは異なるようである。『本草綱目啓蒙』に記載があるとのことだが、詳細未調査。
※腸■(月+后)-腸垢(チョウコウ)か。『漢方』この証は冷熱が腸胃に蘊結しておこり、垢のようなねばねばしたものを絶えず排泄する。

リ甘草ニテ緩ムル也予私ニ按スルニ此人ノ患シ痢ナト ハ天行ノ痢ニテハナクシテヤハリ疝ニ因シコトニテアリシ ニヤ実ニ天行ノ痢ニテアリシナクハ邪去テ痢調ヘハア トサツハリトスルハツ也又年至高シテ疝ニ因テ腸垢ヲ下 コト過多ナルモノハ時ノ工合(※)ニ因テ必死ノ症アリ六十以 上ニ至テ此症アルモノハ多ハ死スルモノ也是皆腎気衰 弱スルコト甚ヲ以テ也此等ハ皆一通リ積滞ノ毒ヲ下スモ ノナトトハ違テヤハリ大腸ノ方ヘ疝ノツキカカルニ因 テ腸■(※)ヲカモシ湧セルモノト見ユ故ニ此症ノ虚シタル ナト弥下シテイヨイヨワクモノ也故ニ痢後ノ腸垢モ又ヤ

※工合-具合であろうか。
※■-月篇+后という字。

ハリ痢ヲ患ル中ニ疎滌スルニモ其下剤ノヤメカケンア ルコト也長ク疎滌スルハイツマテモ下ルアリ此アンハイ 大事ノ処也又此真武ヲ用ル症モ其時ノ工合ニ因リ甘草 瀉心ナト用ル場モアルコトナリ
年高キ人二三年モ下利赤白裏急後重スルモノアリ是脾 腎手弱クナリタルニヨリ疝動シタチテ此症ヲナス也コ レヲ名ツケテミル寸ハ疝痢トモ云ベキモノ也又疝瀉ト云 モノハツフツフ立タルモノヲ下スト云説アリ是ハ拘タ ルコト也ヤハリ甘草瀉心湯ナドヲ用ル水瀉ニモ疝ニ因ル モノ多アルナリ

十棗湯ノ下痢ハ上ミヘシマルコト強キユヘ其ヘ熱ヲカモ シテナル処ノ下利也格別ノ便ハ下ラヌモノ也ヤハリ一通 ノ便ニテ下リヤウハ色々アルベシ大柴胡甘草瀉心ナト ノ下利モ理合ハ同コト也痘序ノ下利ハ合病熱ノ自下利ト 同コト也次ハ柴胡ノ下利也其痘序ノ下利ハ其ママヲキテ モ治スレトモ唯九日十日已上ノ下利ハ少陰トモ云カタキモ ノニテ極悪症ナリ
桃葉ヲスリテ水ヲ入トロリトトキテ飲メバヨク蚘虫ヲ 下スモノ也又イヌタデハ字様ノ点アルモノスリ用ルモ 同シ能アリ此二ツハ家伝ニテ屡試タルコト也蓼ヲ用ルコト

※蚘虫(カイチュウ)ー『漢方』長虫ともいい蛔虫のこと。

ハモト或農家ノ人ノセシコトニテ或人大腹痛セシ時衆医 手ヲ束テ辞シタルヲ其農人コレヲ用タレバ蚘虫ヲ吐下 シテ愈タリ
其門ノ坊官菅谷何某ノ男年十一乙卯秋八月廿一日中飯 ヲ食シテ後後苑ニ出テ生柿二箇ヲ採食シテ後一時許ニシテ暴 ニ大吐大下ヲ催シ明旦(※)ニ至ルマテ吐瀉スルコト凡十六七 行四支厥冷肘膝ヲ過キ然レトモ爪甲ハ色ヲ失ワス趺陽太 谿ノ脈既ニ絶シ眼胞ノ肉脱シテ青色ヲ見シ寸口ノ脈細糸 ノ如ク屋漏ニ似タリ然シテ右手ノ脈ハコレヲ左手ニ比ス ル■稍精神アルカ如シ舌色微シク白ヲ帯テ乾渇ス変症

※明旦(メイタン、ミョウタン)-あすの朝。

此ノ如シト云ヘトモ其腹候ハ未ダ虚極ヲ極メザル処アリ 腹形脊ニ付テ頗ル谷ノ如シト云ヘトモ心下不容穴ヨリ臍 辺ニ至リテ猶嚢裏ニ薇(※)菜ヲ褁タルヲ按カ如ノ状アリ先 生其家ニ至ラレシハ廿二日ノ晩方ナリ衆医倶ニ議シテ初 ニハ附子理中ヲ用ユサレトモ嘔不止因テ前方中ニ於テ附 去リ陳皮桂ヲ加ヘタルヲ用後又熊参ヲ用ユ是ニ至テ嘔 気猶止スシテ総テ穀食ヲ絶ス予謂ク彼精神ノ未ダ脱セ ザル処及腹候舌候等彼此発病ヨリノ吐瀉ノ多処ト叚付 ノ遅キ処ナドノ引合サル処アリテ死症ニアラズ又初ニ 観望シタル処モ何トナクヒレアリ是必蚘虫ノ変動セル

※薇(ビ)-ぜんまいのこと。
※褁(セキ、シャク、ふくろ)-袋に同じ。

モノ也ト時ニ諸医予ガ主方ヲ問フ因テ理中安蚘湯ヲ示 シ一医ヲシテ匕ヲ執ラシメ薬汁ノ外ハ断シテ湯水ヲ用ルコト ナカラシム右廿二日夜中前方ヲ用ユルコト一度大便モ 二度飯ノ湯小茶碗ニテ少々廿三日暁飯ノ湯一度少ツツ 二盞前夜中暫時ヅツ眠リヲ催ス是ヨリシテ日ニスラスラ ト全快セリ此病人ナドハ右体数医ヨリ集テイルノミニ テ只薬ヲ大口ニカブト飲セテ大ニ吐スレバ是ハ〔ト〕云テ転 方スルヤウニ成シ故後ニハ手叚尽タル也是俗ニ云山舩 頭ト云類也故ニ予ハ右ノ薬ノ用イカタ取アツカイ等ハ 素人也トテ実ニ口ヲヌラズト云ホドノコトニテ銭ノマワ

リホドヅツ飲セタリ総シテ嘔吐甚シキ病人ニ薬ヲ用ニハ 皆此意得アルベキコト也全体吐スル故渇ス渇シテ飲メバ水 飲タタヘテ又吐ス且其水飲ノタタヘシニテ火ヲ生ズル 故吐タルアトニテ益飲タガル也故此症湯水ヲ禁ズルヲ 第一トスルナリ
半身不遂症ナドスベテ手足ノ廃シ用ラレザル者ニ肝心 ノ見処アリ不治ノ症ハ肩ノツガイノ処指ヲ入ルルバカ リクイ違ヒハヅレテアルモノ也是其経絡初ヨリ虚シテア ル人ハヤハリ初ヨリハヅレテアルモノナリ左モナキ人 ハ叚々後ニ成テヨリハナレルモノ也是モ必腰ノツカイ

メ環跳ノ穴ノ辺ニテハヅレテアルモノ也手ノ合谷ノ処 ノ肉ノヲチルナドハヤハリ其枝ニテ肩ノツガイノ具合 本ニナル也癩疾ノ人ナドモ魚腹合谷トモニ肉ヲチルモノ 也又其中風ノ姿ニナリテヲル病人ノ其拳ヲクイ入ホド カタク握リツメテヲルハ不治ノ症也夫ヲ仰ニ打コロバ シテ見ルニコケル時チヨヅト其手ヲアケルモノナレトモ ベツタリト十分ニ下ヘ仰臥スル時ハ直ニ本ノ如クニギ リツメルモノ也是不治ト知ベシ
老人卒ニ昏倒シタルモノ弦緊革ナドト云脈出ルモ悪症 也戴陽(※)スルモ悪症ナリ

※戴陽(タイヨウ)-下が真寒、上は仮熱の危険な病証をいう。下元が虚衰し、真陽が浮越しておこり、その症状は、両顴がおしろいを塗ったようにピンク色となり、また症状のでかたは一定ではなく、口鼻の衄血、あるいは口燥して歯が浮き、また足脛が逆冷し、脈は浮大で按じて空虚で無力、あるいは微細にして絶えそうであるなどをあらわす。

老人中風ノ姿ナドヲ見シテヲルモノニテモ全体血燥シテ アリテ心下脇下ノ痞鞕攣急ニ因テ手足言語等ノ具合悪 キモノナド其心下脇下ノ引ハリヲヨク気ヲ付テ診ヘハ 底(※)ニ動ヲ持タルモノアル也其動ハ引ハリノ緩ミテ後ニ 浮立テ上ヘ見ルルモノ也是ニ一通ノ疎通剤ナト用テハ 治セス若任脈ニ動ノ付タルモノナラハ莎芐湯類ヲ用ユ レバヨクユルムモノ也此等ハツ子ニ心得テヨクヨク丁 寧ニ診候シテ其的実ヲ得ベキコトナリ
俗間ニテ卒中風ト称スル症心下急縮スルコト甚シキモノ ニハ治スベキモノアリ心下及臍下モヌケテ脈洪大弦緊

※底-原典の字は病ダレとなっている。

ナドヲ見シ面戴陽スルモノハ不治也両方トモニ病因ハ同 ク腹中ノ癖物ヨリスルコトナレトモ下元ノ虚甚シキモノハ 治セザルナリ
一老婆卒然トシテ欝シ頗ル言語ニ懶(※)ク且嘔吐然レトモ中風 半身不遂ナドノ症ニハアラズ門人某生投スルニ六味温 膽湯ヲ以テ又五味異功散ヲ以シテ病症猶依然タリ又一医 投ズルニ石剤ヲ以テス病家石羔ノ用ルニ含セザルヲ怪 テ敢テコレヲ服セズ其医明日至リコレヲ診フ云スデニ 解熱セリ是全ク石剤ノ効アル処也ト因テ改テ補中益気 ヲ用レトモ終ニ効ヲ得ズ故ニ其家族遑遽(※)トシテ予ヲ招キ其

※懶(ラン、ライ、おこたる、ものうい)
※遑遽(コウキョ)-あわただしいようす。

治ヲ請フ予即往テ具ニ其状ヲ問ヒ詳ニコレヲ診スルニ 其人従来積癖アリ且性酒ヲ嗜ム初メ其腹部ヲ診候スル ニ任脈動悸アルニ似タリ因テ子細ニコレヲ候ヘハ左脈 三行ノ動ヲ激シテ任脈ヘウツレルモノ也又丁寧反復シテ候 フニ左ノ小腹ニ於テ固ヨリ疝塊アリテコレヨリシテ左脈 下及胸中ヘ衝テ為ス所也是ヲ以テ其人多留飲アリ因テ 処スルニ柴胡姜桂湯加呉茱萸茯苓ヲ以テス服スルコト三 日ニシテヨク言語シ酒食ヲ思フ然トモ家族皆飲酒ノ病ニ害 アランコトヲ恐レテ取テ与ヘス予妨ストシテ是ヲ少々アタ ヘシム彼六味温膽湯ハ心胸中ノミノコトヲ主タルノ方也

五味異功散及補中益気ハモトヨリ用ユルニ当ラス四逆 散ハ攣急強キ方ヲユルムルコトヲ主トスルユヘ右ノ場ヘ 用ヒス姜桂湯ハ留飲強キ方ヲ疎通スルヲ主トスル薬ナ ルニヨリ右ノ処ヘ用ヒテ効アルモノナリ
羌活防風ナトハ先風邪上部ニアツマリテ手足ナトモダ ルクナリトナトスルニ用ユルハヨクスカスモノ也然ルニ 又外邪ノコトニテモナキ思ノ外ナル処ヘ用タルコトアリ然 レトモ此等ノモノハ何レニ皆肝風ヲスカスモノ也故ニ東 垣ノ升陽散火湯ナトモ肝風ヲスカスノ薬也ト心得ヘシ 千金等ノ書ニモ用テ肝風ヲスカシタル処アリ内経ニ風

ハ百病ノ長ト云又風ハ能行テシハシハ変スナト云ヘル モ皆是肝木ノ風ヲサシタルモノニテ手足■(※)曳ナトスル ノ症是也故ニ三生散愈風湯ナトモ実ノ風邪ヲ治スルコト トハ思ヘカラスコレヲ用テ実々ノ風病ヲ治スルコトト思 ハ非也今其方論ヲ取スシテ唯其薬方ヲ取リ用テ以テ上部 ノ痰飲ヲサハクモノニスル也薬ニ何ノ薬ハ用スト云ニ ハアラス只ヨク融通シテ活用スル処ニ於テ具合アルマ テ也又中風ノ預防ノ法モ古来アリフレシ通リノコトニテ ハユカヌコト也是ハ只疝ヲホトヨクアシラウト房欲ヲ慎 ムトノ二ニアルコト也タトヒ肝風イカホト亢リテモ腎気

※■-享+単という字。不明。

実シタル人ハ取カヘシ出キルモノ也総シテ病ノ土台ハ肝 ヨリ起ルコトナレトモ性命ノ根底ハ腎気ニアルコトト知 ルヘシ
家方土骨皮散ハ痛風ノ薬也モト大和国或俗家ノ伝方也 其処ヨリ痛風薬トテ大ニ世ニヒロマル也此方ハトカク 走注シテ痛モノニ用テヨシ又関節ニ付タル毒ヲヨクオダ テル薬ナリ
発汗後及吐下ノ後ニ多ク水飲ヲ畜ルコトアリ是ハ全体外 邪人ヲオカス時ハ一身中ノ水気ヲ動カスユヘ悪寒モ発 熱モ皆此水気ノ変動ニ因テ然ルコト也コレニ因テ薬剤的

中シテ其邪気アチヨク皮膚汗口ヘサシテ漏出レハ其水気 ノ動シタルモノモ邪トトモニ漏出ル也是吐下シテ取モ道理 ハ同コト也然ニ若其薬的当セスシテ汗ニ成ハナリテモ只汗 ノミ取レテ邪気アヂヨク解セサレハ其アトニテ必水気 ヲ畜ル也是唯汗ヲ出スハカリニテ邪気ニカラミタル水 毒サツハリトヌケヌ故此本ヲオシテ見レハ悉ク皆其人 ノ脾胃ニ悪キ所アルカ又ハ今一等悪キハ脾腎トモニ云分 アルト云人ニアルモノナリ
心ハ血ヲ生シ肝ハ血ヲ蔵スト云モ徒然ノコトニアラス産 後脱血甚キニ多痙ヲ発スルモノアリ痙ハ肝経ノ病ニア

ラスヤ又堕胎ノ後ニモ多此症アルモノ也下総ノ国佐久 羅ト云処ニハ取分テ此痙病多ト也其国ノ官医中里忠庵 ノ伝ニ此症ニ敗毒散ニフウドウカヅラヲ合半ニシテ用テ 奇効アリト也フウトウカツラハ薬店ニアリ防已通草ナ トノ如キモノニテ黒ミアル是也右ノ国ニテハチヨトシ タル疵ニテモ得テハ痙ヲ発スルト也又同人ノ話ニ痙病 ノ不治ハトカク頬車ノ処ヲダルカルモノニテメツタニ ナデサスラセルモノト也此説ヲ聞テ後一人痙病アリテ 試タルニ其説ノ如シ是肝気ウスクナリ肝痙トモ云ヘキモ ノナル歟右試タル病人ハ小キ血瘤ノ如キモノ出テアリ

シカ不図シテコケテ其瘤ヲ打サキシヨリ大ニ破血シテヤウ ヤクヤキ金ヲアテテ血ハ止リタレトモアトニテ痙ヲ発シ 終ニ死タリ脈ハ亢リテ根ノナキ脈ニテアリシナリ 冨永町佐野屋何某ノ妻往歳(※)春二月年四十五ニシテ疫ヲ患 フ其人固ヨリ左臍傍ニ当テ灰吹ホトノモノ二ツアリ疫 熱ノ中ニ不図シテ右ノ塊物一ヲ吐出ス其物ハヤハリ瘀血 ノ塊リニテ麻索ヲ組タル如キモノ也瓦釘ニテツツキテ 見タルニキシ付テ通リカタク強ク引ケハキツチヤリト 切レルモノ也扨其人ノ腹ヲミレハ塊物只一ニ成リテ四 支厥冷肘膝ヲ過キ脈絶シタレトモ神気ハタシカ也イカヤ

※往歳(おうさい)-過ぎ去った年、往年。

ウニシテ診シテモ脈ハ手ニ応セス生死ヲ決スヘキヤウ ナカリシ故蝋燭ニ火ヲ点シテ目サキヘツキツケマハユキ ヤト云ヘハ左ハナシト云トクト望テイル中何ニトカギ ツトシタル処アリ猶トクト考ヘ見ルニ右ノ吐物アル前 ヨリ黒便ヲ下セリ其時分病家ノ人ノコゲタル便ヲシタ リト云シヲ実ニ燥屎トノミ思イヨク改メ見サリシユヘ 吐物アルマテ畜血ノコトヲ知ラス右体手オクレニ成レリ 扨其便ヲヨクヨク吟味シテ見ルニ黒色漆ノ如キモノ也 因テ断シテ桃核承気ヲ用一医茯苓四逆ヲ用ント云シカ予 カ桃承ト云ヲ聞テ以ノ外ノコトナリトシテ先ヘ逃帰レリ右

ノ薬ヲ夜中ニ三貼用シカハ明旦ニ至テ厥愈右手ノ脈出 趺陽ノ脈モ応シ総身発熱シテ汗ヲ出シ其ヨリ三日許ニシテ 黒便モ大概サハケ七日許ノ時又塊物一本ヲ吐出シ腹裏 既ニ固有ノ塊ヲ失ス此時ハ四厥セス然トモイマタ左手ノ 脈出ズサマサマ調理シテ叚々力ヲ付後ニハ少ツツノ歩行モ ナルヤウニ成シカトモ始終左脈出ス何分トクト安心ノ ナラサル様子ニテ有シユヘイカニモシテ脈ノ出ルヤウニト 思フ中木屋町ヘ出養生シテ居タルカ六月ニ至テソロソロト総 身浮腫シテ後終ニ死シタリ此等ハ惜ムヘキノイタリナリ 黒便漆ノ如キモノ紙ニヒタシテ見レハ血ニ染也又水ヲ

入カキマセレハ血色分ルモノナリ
総シテ内ヨリ血ヲ出スハイツレトコゾヘ皮傷レ穴アキテ 其ヨリ出スルコトトハ見ヘタリ然トモ月経ナトノ血ハ別ニ 傷レ付テ出トモ云レス此等ノ処至妙ニシテ云ガタキ処也又 咳シテ血ノ出ルナトハ何ニモセヨ肺血也然ルニ肺ノ主ル 鼻ヨリ出スシテ口ヨリ出是モアヂナモノ也故ニワリ合コ トモ云ベクシテ又云ベカラザルアンバイアルモノ也 一通リ時令ノ風邪中ニモ問ニハ脱漏ノ症アリテ桂枝加 附子ナト用ベキモノアリ
総シテ熱気アル症ニテ其熱ノサメキハ甚ヨスギルモノハ

得テ多ハ瘧ニ成モノ也
疫中嘔吐止ザルモノ大柴胡ナド用ベキ症候アリテ用ユ レトモヤハリ嘔吐スルモノハ多クハ胸中ニ畜飲アリテ其 ヘ熱ヲシメコムユヘ熱モ解セスシテ嘔スルモノ也是ニハ 小半夏加茯苓或ハ其方ニ生芐ヲ加ヘ用ユレバ大ニ汗出 テ解熱スルモノ也又下利アルモノニヤハリ大柴胡ナド ヲ用子ハナラヌ場合アリ見ワケカタキモノ也此症ヲ油 断スレバ畜血スル也彼傷寒論ニ説タル処ノ畜血ノ症ト ハ具合違ヘトモ脈モ何ヤラフワフワトシテ知レガタキモ ノ也此脈ノアンバイナドニテ傷寒論ニモ太陽トオキタ

ル歟也
腸風下血ハ鮮血ヲ下スモノヲ云也腸風蔵毒ト云ハ便血 ノヤウナル者ニテ痢便ノ如キ毒色甚シキモノヲ下スヲ 云也外科ニ云蔵毒モ右ノ症ニ因リ本ツイテ名ヲ立シモ ノ也其外科ニ云蔵毒ハ肛門ノ辺ノ腫ヲ云畢竟痔ノヤウ ナル者也痔漏ノ甚シキニ至テハ其管背ニマテ通テアル アリ肛門ノ辺蓮房ノ如ク成タルアリ足ノ方マテ管ノ届 クモアリ脱候甚ニ至テハ死スルモノナリ
脱肛ヲ収ルニハ先荷葉ニテ蒸シ置テ病人ヲタマシテ急 ニ入ベシユルユルトシテハ入具合悪シ随分ヨク荷葉ナ

トニテ蒸シ温メ和ラゲテ其後ニ油薬ヲ付置ベシトテダ マシテ麻油ヲヌリ能ク体ノ向キヲ見合テ手ニテ脱肛ヲ 持チ其持タル指ノ向フト前トニテカヘカヘニ根ノ方ヨ リタクリコムヤウニシテ勢ニ乗シテ急ニヲシコミジツト手 ノウラニテオサヘテヲレハ内ヨリ出ントシテ突ク勢アリ 後内ニテ転スル気味合アツテ勢止ム其時ニ手ヲハナシ 凡二時ハカリモ動作ヲ禁スベシ右ノ通ニシテモ入ル時ニ ハ必大ニ痛テ難義ガルモノナレトモカマワスシテ随分手早 クオシ入ベシ初ニ翻花シテアル時ハ其形甚仰山ニ見ユル モノナリ

予カ知識ノ医ニ脱肛ノ持病アリテ時々発シテ甚苦悩ス ル人アリ或時東都ニ下ル途中ニテ数日駕ニノリシニヨ リ大ニ宿病ヲ発シ苦痛スルコト甚シト云トモ羈旅(※)中ニテ諸 事不便ナル故終ニ施スベキノ術ニ尽キテ甘草一味ノ刻 タルヲ主従シテ一斤許モミタダキ篩ヒテ鍋ニテ煎シ其濃 キ汁ニテ脱肛ヲ洗其滓ヲ袋ニ入テ蒸コト黄昏ヨリ夜半ニ 至リシカハ其痛頓ニ失シタリト也
転胞胞字此時ハフノ音ニナリテ小便袋ノコト也即膀胱是 ナリ内経ニ胞之而絡繚戻ストアリ先胞ノヒツクリカヘ ルトモ云ベキコトナレトモ其処ハ知レヌコト也此症ト小便閉ト

※羈旅(キリョ)-たび、旅行。

云トハヤハリ同コト也其中小便淋渋ナトハ別ニ淋渋ニテ 称スベキコト也五苓散ナト用ル症モ転胞ト別ト云ニテハ ナシ畢竟転胞スレハ閉々レハ転胞スルノ道理ニテ只虚 実ノ分アルマデ也イヨイヨ転胞スルト云ニ至レハ小腹 大ニ突起スルモノニテ先多ハ痛マヌモノ也其痛ムモノ ハ多ハ一通ノ淋渋ノ症ニアルモノ也又小便閉ニモ小腹 突起セヌモアルモノ也又疫邪及内傷病ニテモシマイク チニ成シ処ニテ転胞スルモノアル也是ハ甚キ悪症ニテ 腎中ノ水火トモニ已ニ絶スルトモ云ベキモノト知ベシ若シ 是ヲ一通ノコトノ如ク思トキハ大ニ誤ルベシヨクヨク診

候ヲ詳ニスベキコト也総シテ転胞ノ症ニハ古来多ハ八味丸 ヲ用ルコトニシテアルナレトモ是モ一定ノコトトモセラレス畢竟 其脈腹ヲ詳ニシテ用ベキコト也或老人平生甚多房家ニテア リシカ転胞病ヲ患フ一医頻ニ八味丸料ヲ用レトモ涓滴(※)モ 通セス延テ数日ヲ経テ病苦ココニ極リ予ニ治ヲ求ム予 即柴胡姜桂湯加呉薬茯苓ヲ用頓ニ愈ルコトヲ得タリ是医 初ニ其多房家ナルコトヲ聞殊ニ老人ノコトナレハ先何カナ シニ下元ノ虚ニ目ヲ付ケル故大ニ惑テ治ヲ誤ル也此病 人ナトハ右体老後ニ及フマテ多房ナルハヤハリ根元ノ 腎気人ニスクレテ強キ処アルモノニテ全ク下元ノ薄キ

※涓滴(けんてき)-①水のしずく、したたり。②わずかなこと、少しばかり。

ニ拘リタル病ニアラズ唯左脇下拘攣シテ動悸アリ是ヘサ シテ水飲ヲシメ上ルニ因テ右ノ症ヲナシタル也又総シテ 此症ニハ蒸シ薬ヲ用テ甚奇効アリ其法ハ先乾荷葉ヲ細 ニ剉(※)ミ布袋ノ長一尺許径四五寸許ナルヲ二ツ製シテ其中 ヘ右ノ荷葉ヲ入口ヲヌイフサギテ鍋ニ入水ニテ随分ヨ ク煮テ外ニ袋ノ長サ幅ヨリハ少シ大ナル板ヲ二枚設ヲ キ右ノ袋ヲ取出シ板ニノセハサミシボリテ用ユ初ニハ 甚熱スルユヘ衣服ノ上ヨリ蒸シ次第ニ衣ヲウスクシテ後 ニハ直ニ肌ヘツケテ蒸也冷レハ今一ツヲ取カヘテ段々 ムス中ニハヅミテ小便ニ立ント云トモ必立スベカラスヤ

※剉(ザ・くじく・きる)

ハリ其ママヲラスベシ立テワキヘ行時ハ少モ通ゼス是 大事ノ心得也其尿塊一旦ニハ取レヌモノニテ軽キハ七 日位重キハ廿日ホトモツツケテムス中ニ少ツツ其塊消 スル也是予カ新手段ニテ毎々奇験ヲ得シ処ナリ
米ナトフム時フミ誤テ会陰ヲ打上ケテ小水涓滴モ通ゼ ス只血ナト少ツツ出ル症先桃核承気湯ナト用テ佳シ若 其ニテ治セズンハ大黄附子湯ヲ用ベシ此附子ヲ用ルコト 進藤玄之数試タル処也一貼ニ附子二戔目許ニシテ用レハ 早速通利スルモノ也血ノ止ル処マテ用テヨシ又症ニ因 テ八味ヲ用ユルモアリ

世ニ膿淋ト云モノ其全体ヲトクト考ルニ二種アリ一ハ 固有ノ症ニテカラミツケラレテ下焦不メクリニナリ塞 ルニ因テ膿ヲナシテ通ズルモノ也是ハ症ノ取アツカイ ヲシテヨキモノ也一ハ彼内蝕疳ニ因テナルモノ也内蝕 疳ハ小水ノ出ル道タダレイタムヲ云也コレニ因テナル モノハ一通ノ淋ノ取アツカイニシテハ治セヌモノ也症ニ ヨルモノニモ八味丸料ヲ製附入ニシテ用テ治スルモアリ 是ハ下焦ノ手薄クナル処ヨリ疝ヲ動スルモノナリ
虎杖湯ハ久淋ヲ患テ陰茎中ニダクボク(※)ノ出キルト云ホ ドノ処ヘキクモノト見ユ此方甜葶藶ヲ用ルナリ

※内蝕疳-不明。
※ダクボク-凸凹(他の読みは、でくぼく、でこぼこ、とつおう)。道などが平坦でなく凹凸のあること。でこぼこ。

紫金丹ヲ用ルニ咽喉腐爛甚シテ散薬ニシテ用テモ飲ガタキ モノニハ先茶碗ニ塩ヲ入水ニカキタテテ其中ヘ薬ヲ入 ヨクマゼテ用ユレバヨク通ルモノナリ
宣露風ハ解熱ノコトバカリニテハユカズ婦人ニ多キモノ 也此症尤房欲ヲ慎ムベシ先大抵ハ甘露飲ニ犀角ヲ加タ ルヲ用テヨキモノ也其方枇杷葉茵蔯麦門石斛ナドヲ用 タルナリ又右対症ノ薬ニ含薬ヲ兼用スルモ佳也是予ガ 自製スル処也其方乾茄子根一戔歯断ヲ堅固ニス石榴皮 五分当帰五分乾芐犀角三分上ヲ凉フス甘草二分水 煎シテ含ム或飲テモヨシ石榴皮ハ兎角客主人ノ穴ノアタ

リヨリ頬車ノ辺ノ前ノ方マテノコトニ用テ妙アルモノ也 粉毒ニテ口開カサルモノニ此物ヲ主剤ニ加ヘ用テ暫時 ニ開クコト毎々実験ヲ経タル処ナリ
落架風ニ医王ヲ用ルモ両脇ヲスカスニ回テ参木耆ナド ノ胃中ヘキイテ来テ姜ノ如クカカル也兎角胃中ノ気薄 ク成ルニ因テハヅレ気満レバカカルアンバイナリ
対口疽一名脳疽ト云対口癰ノ名ハナキ也此瘡大抵ハ死 スルモノニアラズ背ニ発スルモノトハワケ違也兎角老 婆ニヨク出ルモノナレトモ思ノ外ムサト(※)死セズ穴アキ腐 肉ニ成テ取レル也畢竟疽トハ名ケガタキヤウナルモノ

※ムサト-むざと、とも。①軽率にことをするさま、うっかりと。②いいかげんにことをするさま、やたらに。

ニテ全体ハ陽腫也サレドモ此ニ限ラズ疽ノ字モ処ニヨリ テ広ク用ルコトト見ヘテ瘭疽ナドモ全体ハ陽ニ属シタル モノ也対口疽モ大抵ハ三物湯ナドニテアシラウテヨシ 其上ハ脈症ヲ照シテイカヤウトモ変ニ応シテ療治スベシ 流注毒ナドモヨク其虚実ヲ分テ療治スベシ此等ニモ膿 癭トテオシテ見ルニ膿ヲ持タルハコツホリト落イル処 アリカヤウナルハ知易シ是ノ見ヘヌハ知カタキ也流注 毒ヲ散ラスニハ外科正宗ノ琥珀膏ヲ法ノ如ニシテ用ユレ ハ甚効アルナリ
紅絲瘡ハ治セヌモノノヤウニ古ヨリ云ヘルニ因リ世上

ニテ此症ヲ見レバ何カナシニ甚恐ヲナセドモ是ハイカカ シテヤ古人モ不治トセシハ大ナル誤也世上ニテ疔ニシテ 紅絲アルモノト疔ニアラスシテ紅絲ノアルトヲ弁セズタ トイ疔ニテモ紅絲ヲ引タルハ反テ治シ易キモノニテ実 ハ悪疔ハ紅絲ニハナラヌモノ也是シバシバ試タル処也 予カ兄公ナドハ此症ヲバ甚易ク取アツカヘリ是モ皆肝 火亢ル人ニアル者ナリ
懸癰ナドニモ一概ニ針ノナラヌト云ニテハナシ此瘡ヲ 発スル処ハ皮甚薄シテ尿道ニサワレバ尿漏テ止ザル故ニ 針スルコトヲキラウ也タトイ針セズトモ自然ト破ルルモノ

也得テハ自破タルニモ尿ノ漏ルルハアルモノ也別ニ此 症ナレハ針ノナラヌト云ワケニテハナキコト也
外科正宗ナトニモ動脈アル腫物ニハ針ヲ入コト勿レト云 ヘリナルホト切破テハ決シテ害アリ此ノ如キハ皆血瘤也 又血瘤ノ自然ト皮ノスレ破タルハ翻花シテアルモノ也不 巧者ナル医ハ此ヲ見テ真ノ翻花瘡トテサワクモノ也
筋瘤肉瘤血瘤ハ必コレヲ切ベカラズ粉脂瘤膿瘤ハ切テ 苦シカラヌモノ也何レニコブ類ナレハ流注トハ是非其 形違モノ也粉脂瘤ハ兎角内ニテ袋ニ成テアルモノ也 蕎麦ノ功能ハ全体先胃中ヲスカスモノ也胃中スク時ハ

則心下ナドモスクモノ也此能ハ河漏麺ヲ食シテモ知ベシ 又久腹痛ノ病人ニ蕎麦ヲ食餌トサセル人モアル由是ハ 一ヲ知テ二ヲ知ラサル見識トモ云ベシナルホト疎通ニ宜 シキノ症ナラハ此モノナドヲ食ルモ佳也若附剤ナト用 ル症ニ一概ニ蕎麦ヲ食セルハ大ナル誤ト云ベシ扨此蕎 麦ハ只胃中ヲスカスバカリニアラズシテアヂニ面白キ功 能アルモノニテヨク肝部ヲスカスモノ也便毒ナトノ所 謂潰膿セヌ容子ニ見ユルモノニ芎黄散ニ蕎麦ヲ組テ用 レハ甚アヂヨク下ル也此症ニハ只芎黄ハカリ用テハア ンバイヨク下ラズ故ニ此具合ヲトクト考ヘ見ルニ胃中

ヨリシテ心下胸中及両脇章門通ヨリシテ小腹ツケ根ノアタ リヲスカスモノト見ユル也又便毒ニテ潰膿ノ勢ハ見ヘ ナガラジリジリト引コムモノアリ是ハ一通リ内托ノ剤 ナド用レハナヲナヲ引込モノ也此場合ニ至テ家方三物 湯ヲ用レバ思ノ外ヨク浮立コトアリ若此症ニシテ陽気ウ スキモヤウ見ヘバヤハリ三物湯ニ附子ヲ加ヘテ用ユベ シ若又右ノ薬ナドヲアヒルホド用テモ浮立テウミモセ ス然ラバトテ一向ニ消シモセ子ドモトカク引込ム勢アル 者ハ別叚ニ引ノキテ治ヲ施スベシカヤウナル症毎々ア ルコトユヘ予トクト工夫スルニ固有ノ疝ニテシメ付ル故

十分ニハルコトアタワズシテジリジリト引込モノ也此症ハ 必其方ノ腹底ノ疝ヲオセハ手モサヘラレヌホドヒツハ リ痛ムモノ也コレニ因テ四逆散ヲ用テ見合ニ附子ヲ加 ヘ或又附子マデニ及ハザルニハヤハリツ子ノ加減ニテ アシラウニ甚奇効アリ此薬ヲ用レバ疝ノシメコミユル ムユヘ十分ニハリ出スコト出キル也讃州丸亀ノ呉服所何 某右ノ症ニテ諸医効ナカリシガ此取アツカイニテ早速 治シタリ其外治験数多シ芎黄加蕎麦ヲ用ユルハ初ヨリ シテ所詮潰膿ニナラヌト見テスルコト也其外ノ手叚ハ潰膿 ノ勢見ヘナガラ引コムヤウニ見ユルヲ取アツカウモノ也

芎黄ニ蕎麦ヲ加タル方ヲ近来天刑病カカリノモノニ用 ユルニ面白キキキ場アリ此コトモト或伝書中ヨリ出タリ 蕎麦ノ効アルモノト見ユ
便毒ナドモ初ニハ肉食サセテ苦シカラス魚口ト便毒ト ヲ左右ニ分チシハ拘リ也是ハ両方トモニ同症ナリ
嗅ギ薬ヲスル時水ヲ含ハ薬気ヲ腹ヘヤラヌ為トテスル コト也今一ツニハ口ヲ損セヌヤウニト也然トモ是ハタワケ タルコトニテヤハリ腹ヘモ行キ口モタタレテ大ニ瞑眩ス ルモノナリ
嗅薬ハ先丸薬ト同道理也只ザウサナル故用ニタキモノ

也是モヤハリ内ヨリ療スルコトニ成也一概ニ廃斥スベキ ニハアラザレトモ大抵ハ丸薬ニテスムモノ也何レモ皆用 ル前ノ瀉火大事ト心得ベシ
食塩ハヨク咽喉ヲヒラクモノ也故ニ食ノツマルトキ先 塩ケニテ咽ヲシメシテ置テ後ニ食スレバ通ズルモノ也 一人結毒ニテ咽喉腐爛シタルカ兎角飲食トモニ咽ヲ通ル 具合悪シシトテ薬ニマテ塩ヲ入テ飲タルアリ此人全体 血燥ツヨキニヨリ主方ハ四物湯ニ桔梗湯ヲ合シ知柏忍 通羚羊ヲ加ヘタルニ紫金散ヲ兼用シテ愈ルコトヲ得タリ 全体毒気アル人ノ体ニ発シモノナドアル時分ニハ茸類

ナドハ食スルコトヲ禁スベシ当時発動シテナキニハ食シテモ 苦シカラズ
■(※)瘡結毒ノ症ニ粉剤ヲ用瞑眩シタルアトニテ口ノ開カ ヌヤウニ成ルモノアリ甚シキモノハ飲食言語ヲモ妨ケ テ至テ因リシモノ也前方吉野屋何某ナル者是ヲ患テ甚 苦悩セリ種々薬餌スレトモ治セズシテ後終ニ死ニ至レリ又 祇園町ノ舞妓■(※)瘡ヲ患ルアリ予化毒丸ヲ投ス此モ瞑眩 ノ後牙関緊閉ヲ致シ後叚々虚候ヲ見シテ終ニ死シタリ其 後周防岩国ノ一商此症ヲ患ルコト已ニ五年ナルアツテ治 ヲ予ニ求此時不図思付一方ヲ投ス服スルコト六十日許ニ

※■-病垂れに黴という字。

シテ愈ヘテ口開コト旧ノ如キヲ得タリ其ヨリ已来数試ニ奇 験ヲ得今ヲ以テ見レハ先ノ二人ハ憐ベキコト也兎角此処 ヘキク者ハ石榴皮ナリ症候ニ随テ四逆散其外ノ主剤ニ 倍加ナトニシテ用ベシ此症ハ下地ヨリ肝部ヘカモシ合セ タル処ノ熱ヘ粉毒ノゴテ付ク成ルモノ也故ニ石榴皮ハ 其熱ヲサバキ峻ニ肝部ヲユルムルアンハイアリテ牙関 近処ノ筋ヲヨクユルムルモノ也兎角此瞑眩中ニ多熱毒 ヲ畜ヘゴテ付テ引ハルモノ故全体ハ緊閉セヌ先ヘ廻ツ テ彼瞑眩シテ口内腐爛シテアル中ヨリ用テ佳シ又此物平生 食シテ見テモ其酸味頬車ノ辺ヘコタユル者也故ニ未ダ試

スト云ヘトモ落架風ノクセアル人ニ多用タラハ其患ヲ免 ン又貫衆石榴皮ト組タルハ右ノ場処ナトニ痛モアルト 云処エ用ルコトナラン貫衆ハトカク咽喉中ノコトニ用タル コト多シ然ハ此牙関ノ処ノ或ハユルミスギ或チヂムハ畢 竟瘈瘲ノ症ノ左ユルメハ右チヂミ右ユルミタルニ左ノ チチムモアルト同道理ニテ緩急トモニ同ク肝経ニ帰ス是 湿毒ハ固ヨリ肝経ヘカカルヲ以テ也又粉毒ニテ口中腐 爛スル者ニ石榴皮松脂等分煎服シテ奇効アリ
粉剤ヲ用ル前ノ手アテハ上ニ述ル如ク兎角瀉火ヲ肝要 トスヘシ畢竟打撲ノ症ノ取アツカイニ先水ヲ瀉シテ後酒

ノ服セシムルト同コトニテ何レモ先瀉火スルヲ第一ニ心 得ヘシ打撲ノ症モ初ニ水療治ヲシテオケハ其アト余リ 腫ヌモノ也格別ノ大傷ニハ未試トモ軽症ニ於テハ数経験 アリ其法別ニ記
或人ノ処ニ秘蔵セル庭木ノ松ノ上ノ方ニクサリノ入シ ヲ見テ妙薬ナリトテ其処ヘ水銀ヲ入タルモノアリ其ヨ リ十年許ニシテ其松ノ根ノ処ヘ穴アキテ右ノ水銀流レ出 ホトナク松モ枯タルカ其枯不(※)ノ中ニ水銀ノ通シ穴アリ シト也実ニ恐ベキモノナリ
梅毒肺部ヘ聚リテ哮喘アルモノ其状常ト異也全体此症

※不-文意から木の誤写か。

ヲ得テハ難治ニ至ルモノ也又産後暴喘モ甚悪症也是ニ ハ灸シテ十ニシテ六七ハタスカルモノアリ其灸別ニ伝アリ 此灸ヲ梅毒ノ喘ニ移シテスユベキ工夫アレトモ未試(※)処也 梅毒ノ関節ニ聚テ脚ノカカムナトハ一通リニテハ行ヌ モノニテアヂナアシライアリ兎角関節ヲ疎通セ子ハナ ラヌコト也症ニ因テ茯苓建中加味ノ方ヲ用ルモアリ
結毒ナトアリテ血燥セルモノニ先潤燥ノコトヨリスルハ 譬ヘハ種子ヲ蒔ントシテ先地面ヲナヲスヤウナルモノ也 又毒アツテ血燥セルナトハ大根ナトノ煮ヘ損シタル如 キモノニテ急々ニハユカヌコトト知ベシ

※未試-本文には文字間にレ点あり。

梅毒結毒ノ症竜脳真珠丸白丸子五寶丹ナトニテ効ナキ ニ用ルニ紫金丹ヲ以テス大抵一日三十粒許ツツ両度服 スヘシ一僧久年ノ結毒ニテ会厭ノ上ニ赤小豆許ノ穴ア リ且舌本突起シテ愈サルニ紫金丹ヲ用漸々ニ平快セリ先 此丸ハ何ヨリモ咽喉腐爛ノ症ニ用テ奇ナリ
一人孤独ノ者ナリシカ初梅毒ヲ患フ然トモ格別ノ劇症ニ モアラス久シテ後癇ヲ発シ人ニ対スレハ限ナク笑コト止ス 是足攣縮シ目閉明ヲ羞ルニハアラス只毒ノ残レルニテ 目ヲフサク也コレヲ見ントスルニ開キカタシ舌本ノ具 合悪シテ言語爽ナラス抑肝散ニ麦門石膏ヲ加タルヲ用シ

カ余リクジケカタキニヨリ紫円ヲ用テ下ヲ得タルニ初 ハ快ニ似タレトモ下ニ随テ反テ其足攣急スルコト甚タナリ テ立コト能ス然レトモ全ク弱リタル症候ハナシ只イヨイヨ 目ヲフサクユヘ先下剤ヲ止メテ悠長ノ治法ヲナシヤハ リ前ノ湯剤ニ白丸子ヲ兼用シテ一日ニ二粒ツツ二度用 ユ舌ユルミモノ云コト自由ニナリ笑コトモ叚々ウスク目モ ハツキリトアキ足モ独歩スルコトナリ出シタリ是肝気ト 全体ノ毒気トモニユルミタルヲ以テナリ
梅毒ナトニ反鼻ヲ用ルコトアレトモ今一イキノモノ也予昔 多用試タレトモサシテ奇効ナカリシ故今用ヒス是ヨリハ

家用ノ羚羊角ハ別ニ奇効アルモノ也毒ノ筋骨ニ付タル ヲ治シ或沈痼シテアル毒又ハ骨腫シテ魚ノ骨ノ腫タルモノ ノ如キナトニ妙ニキクモノ也近年マテハ鹿角ノ黒ヤキ ヲ多用タリ又白ヤキノ角石モ用タレトモ今用ル羚羊ホト ノ効ナシ羚羊ハ格別ノ効アルモノナリ
結毒眼ニ入シ者ナトニ粉剤ヲ用ルニハ兎角前方ニ黄連 解毒湯ナトヲトクト用テヨク瀉火シテ置テ用ヘシ左様セ サレハ粉ヲ用シアトニテ火勢ニテ毒コゲ付テ甚悪シ東 洞家ニテハ粉ヲ用シアトニテ下剤ヲ用ユルコト也トクレ クレ教ラレタリ故ニ後方ト云モノアリ然レトモアトニテ

下シテハ具合宜カラス先瀉火シテ置テ後ニ粉剤ヲ用ル ヲ佳トス瀉火スルニハ兎角黄連解毒ノコト也此症ノ火毒 ハ別叚ニ甚シキ者故土茯苓剤ヲ用ルニモ粉剤ヲ用ルニ モ随分トヨク瀉火シテ置テ其後ニテ用ヘシ火勢ノユルミ シ期ヲ知ルニハ小水ノ清濁ニ気ヲ付ヘシ一日二日ハ清 ミテモ又濁ルモノ故幾日モツツケテヨク清ミ切タラハ 其処ニテ用ヘシ又瀉火スルニハ症ニ因リ人参敗毒散合 黄連解毒湯加石羔方ヲ用ルモヨシ此ハ其場ヲ見ハカラ ウテ何レニモスヘシ
結毒ニ因テ一向ニカナ聾ニ成シモノト他人ヨリ見テハ

随分明ナルヤウニ見ヘテ目ノ盲イタルモノト一向ニ音 聾ノ唖シタルモノトハ不治也其中大ナル聾シテ言フコトハ 聞ユルト云位ナルハ絶房サセテヨク取アツカヘハ兪ル アリ
結毒眼ニ入テ瞳人欠タルハ打付テ粉剤ヲ用ルコト也外ノ 薬ノミニテハ行ヌモノ也粉剤ヲホトヨク兼用レハ復円 満ニ成モノ也然トモ毒深モノハ円満マテニ得復セスシテ緊 小ニナルモアリサレトモ已ニ神水ノ流散シタルモノハ治 セヌモノナリ
星目ハ星ノ大小トモニ随分アトハ愈ルモノ也其中小キ方

ハ早速愈レトモ大ナル星ハ当分凹ニ成テアルナレトモ此モ 後ニハ愈ルモノニテ只遅キマテ也此症ニハ別ニ外ヨリ モ取アツカイアリ
総シテ目ハ外ヨリ冷スハ先悪キモノ也鉢ニ湯ヲ入其中ヘ 熟艾ヲ入テシボリ上テハ目ヲ蒸シ又浸シテハシボリテ蒸 時ハ甚佳モノ也又生ノ青木葉ヲ直ニ火ニテアブリ眼胞 ノ上ヨリアタタムルモ甚佳モノニテシカモ其アトモ燥 コトナシヨク解熱スル功アルモノ也水ニテ目ヲ冷シテハア トニテクワツクワツトシテ燥テ悪シキモノナリ
萑目ハ総テ肝脾エカカルモノ也此症ニ平胃散ヲ用ルモ

ヤハリ咳嗽ニ小柴胡加減ヲ用ル場合ト同道理ニテ只火 ヲオモニ畜ルト水ヲオモニ畜ルトノ違也萑目ニ朮一味 用ルモ同シ道理也目ハ五蔵ノ精華トアリテ五蔵ヘカカ ルハ勿論ナレトモ取分テハ肝脾腎ト組合コトナリ
雀目又ハ昼モ目ニ何事モナクシテ只見ヘノミ悪キモノニ 唐白朮末一斤ヲ用イ尽シテ毎々奇験ヲ得ルコトアリ是胃中 ノ水飲ヲサハクユヘナリ
肝実ノ眼ニハ大柴胡ヲ用ヘシ
眼疾ヲ患ル人ニ灸シテ奇効得ルコト多キモノ也眼科ニテハ 多ク灸ヲ禁スレトモ是ハ一概ニ拘リタルモノ也ヨクヨク

其時冝合(※)ヲ考ヘテ灸スヘシ眼中青黄ハリテ見ヘアシク 終ニ盲ニ至ルモノアリコレハ黄風雀目ニハアラズヤハ リ内障眼也此症ニハ明目湯ヲ本製ニシテツ子ノ剤ホトニ 合セ用テ奇験ヲ得ルコト数多シ黄風雀目ト云ハチリメン ノ如ク白睛中ニシボカカリテ黄ニナルモノ也シボノカ カルカ此症ノ的候也黄風雀目ト肝虚雀目トハ昼モ見ヘ 悪キモノニテ畢竟キツト雀目ト云ヘキモノニテモナシ 黄風ノ方ハ治スレトモ肝虚ノ方ハドチラヨリ見テモ烏睛 白睛瞳人トモニ少モ云分ナキ如シ故ニイカホト上手ノ眼 科ニテモ病人ヨリ云サレハ其悪キコトヲ知ラス是ハアキ

※冝合-不明。具合の誤記であろうか。

メクラ也サレトモ死スルモノニハアラス只其目ノ病ハ不 治也青盲ハ又別ノコトニテ目ノ悪キコト外ヨリモ見ユルモ ノ也黄風ノ方ハ虚候ニテ八味丸モ用又明目湯ニテモヨ シ又唐白朮末ヲ主剤ニ兼用スルモヨシ此症ナトニ明目 湯ヲ用ルカコトキハ一通リ眼科ノスル手叚也八味丸ヲ 用ルニ至テハ黒フ人手叚ト云モノナリ
何某ナル者風眼ヲ患両方トモニ痛甚シ或眼科術ヲ尽セトモ 治セス予凉膈散加羔ヲ主剤トシテ備急円ヲ多用イ病勢余 ホトユルミテ後ハ丸薬ヲ停メ久シク前湯ヲ服セシメテ 全治セリ風眼ハ全ク肝風亢極スルノ最甚シキモノ也雷

頭風モ同根ノ症也スヘテ外来ノ邪ニテハナキモノ也 結毒眼ニ入テ瞳人半月ノ如ク欠ルモアリカヤウナルハ 物ヲ見ルニ其形尽ク半月ノ如ク見ユルモノナリ
眼科柚木太淳ノ父或人ノ目ヲ療治シタルニ希有ナル症 アリ其症衆医皆以テソコヒ也ト云シヲクイノ立シ也ト テ烏睛白睛ノサカイヨリ鯛ノ骨ヲホリ出シテ愈タリ其 後ニ右ノ病人ヤウヤウ思出シタルニハルカ已前ニ鯛ノ 料理ヲスル時目ノ中イサイサトシテシキリニ痛シヲ手 ニテツヨクスリテヲキシコトアリ定テ此時入シモノナラ ント云シトナリ

眼病ノ秘灸諸眼トモニ妙也カカリモノアルハ消シ久ク明 ヲ失フモノモ治スルコトアリ試験ノ方也其灸法会厭(※)ノヲ クニ鼻ニ通ル穴アリ此穴ノ上廉ニ灸ス〇此ノ如ク穴ヨ リ頭部ノ方ノカドヘスユル也毎日七壮ツツシテヨシ 小瘡ハ初ニ先発表スヘシ荊防丸文加石ナトヲ用テヨシ カセクチニ薬湯ニ入ヘシ小山忠兵衛ノ薬湯ナト効アル 方ナリ軽症ハ只遂イ散シタル切ニテ佳キモノナリ
硫黄ハ先外ヨリ付レハ出モノヲ内ヘオシコミカワカス モノナレトモ内ヘ飲テハアチニ虚寒ヲ温ムル能アルト見 エテ二気丹来復丹ナトニ用テアリ

※会厭(ええん)-喉頭蓋のこと。しかし口の中に灸をするのであろうか。

小瘡ハ全体少シ時気モ添モノト見ユ先何ニモセヨ皮膚 ノコトナリ
小瘡内攻シテ腫満ヲ発スルモノ症ニ因テ桃花檳榔大黄ノ 類ニテ一旦下ヲ取レハ大便下利スルニツレテ小水モ亦 通利シテクツトクツロクモノ也サレトモ引ツツケテ下剤 ヲ行フハ甚宜カラズ
小瘡内攻ノ症ハ水ヲシメコム故瘡発セサル也
癩病ニ河豚ヲ腸トモニ煮テメツタニ食シテ瞑眩シテ夥ク黒血 ヲ吐キ死スルホドノメニアヘバ治スルモノアリ
昔日浪花ノ或家ノ下婢病ヲ得テ煩躁悶乱スルコト尋常ニ

異ナリシヲ一医意付テ其病人ノ下部ヲアラタメ見セサ セタルニ穀道ト前陰トノ中ニ小虫数百アツマリテアリ 即雄黄デ熏シ且苦参湯ヲ用テ愈ユ是所謂惑ニテアリシ モノナルベシ
武藤ノ療治シタル病人ニ手ニ腫物アリテ其内ヘサクリ ヲ入見ルニカチカチトアタルモノアリ日ヲ経ルニ随テ ウキ上リ正四角ニシテ双六ノ賽ヨリハ大ナルモノ出タリ 其色蝋石ノ如クシテ石ニアラズ骨ニモアラザルモノ一処 ヨリ三ツ出タリ又一処ヘ腫ヲ発シ右ノ通リナルモノ二 ツ出スベテ五枚ヲ出セルヲ今ニ箱ニ入テ畜ヘタリト也

杉浦爺ノ話ニ或人夜中ニ手水鉢ノ辺ニテ物ヲ吐出シテ翌 朝コレヲ見レバ小玉百目余アルニ似タリヨクヨク見レ ハ皆ヘイサラバサラ也ナルホド前夜吐シタル寸バリバリ ト堅キモノノヲチル音シタリト也又或人膝ヨリ真ノ サザイノ如キモノ出タリ先生又曰中西氏ノ歯断ヨリ形 ハ鋸ニ似テ骨ノ如キモノ出タルコトアリ
提肩散ナト肩ノ痛ニ用テ余リキカヌモノ也川芎茶調散 ナトモ只頭痛ニ用テハ同クキカス古人ト云ヘトモ分ケヲ モ立スシテ枝葉ニ取付キタルコト数多シヨクワケノ立ント 立サルトヲ考用ヘシワケ立シ薬ハ用テ妙用アルモノ也

杉浦ノ爺ノ伝ニ耳痛ニ用テ百発百中ノ奇方白花ノアザ ミノ根ヲ生ニテスリ其汁ヲシタンデ入テ妙用アリト也 鼠毒ニアタリタル人ハ満身チラチラト赤点又ハ疙瘩(※)出キ ルモノ也
鼠毒ノ症ニ昆布ヲ湯ニ漬シテ疵口ヲムシ又食用サセテ甚 奇効アリ
薩州ノ留守居(※)■山何某ナリシ人右足ニ病アルコト十五年 騎馬歩行トモニ十丁ニモ至レバ甚足麻痺シテ用ラレズ六月 上旬ヨリ予ニ治ヲ求ム予トクト診察シテ大柴胡湯ヲ用ユ 時ニ病人ミツカラ云是ヨリ先巴遂大黄ナド夥ク用ユレ

※疙瘩(キツトウ)-『漢方』俗につぶつぶをいう。皮膚の表面に小さい粒状の隆起が群がっているものをいう。
※留守居(ルスイ)-①留守に同じ。②江戸幕府の職名。江戸や大坂の屋敷に置いて事務などをする役目。
※■山-■は木偏に華のような字であるが異体字かは不明。

トモ初ハ下リテ二三日ニ至レバ下ラズ何分大黄ナドハ下 ルコトナシト云ヘルヲカマワズ用タリトカク大黄入ノ薬 ハ不承知ニテアリシカトモ色々ニ利害ヲ説テ強テ本方ヲ 用ル中同月中旬ニ至リテ風邪ニ感シ熱アル由云■セル 故行テ見レハ熱気ハ強ケレトモ風邪ノ容子ニハアラス初 ヨリ是ニ至テモ右大柴胡ニテ一日一二行ツツ下痢アリ 二日ヲ経テ後大ニ腹痛シテ古キ雑巾ノ如キモノヲ下スコト 夥シワカメヲカタメタルゴトクシテ長八九寸ツツモアリ 中々容易ニ切レス凡十四五日許引ツツケテ右ノ穢物ヲ 夥ク下シテサツハリト解熱シ痛ミ止テ足ノ麻痺スルコト

ヲ忘タリヤカテ其近日ニ暑天ヲシノキ帷子ノ着カヘヲ 四ツ持セテ初テ北野ノ代参ニ往来トモ歩行シ午後ニ帰リ テ又直ニ東福寺ヘ行キ暮方ニ帰テ又夜中細川屋舗マテ 行ケリ是ヨリシテ実ニ十五年来ノ苦悩ヲ免レ八月ニ交替 シ後琉球勢ニ行シカ彼ノ地ヨリモタヘズ書簡ナドサシ コセリ今用ル処ノアワモリヲ入ル陶器ナドハ其人ヨリ 贈レルナリ
平日口中ニ臭気甚シキモノ大抵丈夫ナレバ大黄石羔ノ 類ニテ下シテ取ルベシ
予カ姪猶林昌巌話ニ寛政乙卵ノ春一諸侯ノ大坂屋舗ニ

テ役人トモ争論ノコトアリテ五十三歳ニナル者ヲ刃傷セ ルガ其疵背ヨリ左乳ノ上ヘツキ通シタルモノニテ疵口 ヨリ呼吸漏タルヲ昌厳至リテヌイ収シカバ息モ出ザル ヤウニナリ漸々快クシテ疵口モトクトヲサマリ糸ヲモ ヌキスツルホドニ成テヨリ喘気甚クナリシヲ麻杏甘石 湯ヲ用テ喘気モ余ホドヤワラギタリ然ルニ初疵ヲ受タ ル左ノ方ノ肩ヨリカイナヨコハラニマデモ悉ク皆指ニ テオセバ袋ノ中ニ砂ヲ入タルヲオスゴトクシヤキシヤキト 鳴レリサレトモシビルルコトモナクシテ手モ自由ニ用フレ只 指ノ下ダケハツマミテモシヤギシヤギト云マテニテ右辺ノ

何コトモナシモトツキ疵ノコトナル故自然胸中ニ瘀血ノ残 シモノカトテ便秘モアリシユヘ四物湯ニ大黄紅花蘇木 ヲ加ヘ用タレバヤカテジヤキ付コトヲ止テ平快セリト也 予コレヲ考ルニ自然肺葉ニキツツキテ肺気肌肉ヘ分布 得セザルニヨリ血ムラナト出キテ瘀血ノタマリ且肺家 傷ヲ受タルユヘ喘ナトモ出タルモノナラン歟何ニモセ ヨ余ホドノ奇症ナリ
松原才治郎(※)ト云シハ東洞老人及東洋ナトノ師也今其ア ト若狭ノ住ト成リシカ先達テ已ニ没故セリ其松原家ノ 流義ニ亀胸亀背ノ類及スベテ痿躄ナトノイカヤウニシテ

※松原才治郎-松原一閑斎(まつばらいっかんさい1689-1765)のことか。wikipediaによると、江戸時代の医学者で一閑斎は号。名は維岳(これおか)、壮年の頃は丹治、後に才二郎と改めた。京都で町医を営んでいた。大塚敬節『漢方医学』によると、吉益東洞の「方証相対説」は一閑斎の治療術をヒントにしたものであるとされている。

モ其病動カヌモノニ用ル薬アリ亀背丸ト名ク其方大黄 一味ヲセシメウルシニテ丸シ其ヤワラカナル中ニ一日 ニ一戔目許或ハ一昼夜ニ二戔目許ツツ最服用ハ夜分ニ スルヲ佳トス此薬ヲ用レバ満身赤クナリ或腫テ大熱ヲ 発ス此瞑眩ニ因テ病動也即其アトヲ見ハカラウテ対症 ノ薬ニナヲスベシ先一瞑眩サセテシバラク丸薬ヲハ引 テ他ノ薬ノミ用ベシ
白丸子ハ手丈夫ナル人ニハ三粒ツツ一日ニ三度モ用ヘ シ手弱キ人ニハ二粒ヅツ一日ニ二度位用ヘシ格別手強 ク用テハ反テアシシコレヲ用レバ多ハ下利アリ葛粉ニ

テ衣ヲカケルニハ何ン遍モ厚クカケテ佳カケテハ又ウ ルヲシテカケルナリコレヲ用テ若歯ノウクナト云モノ ハ先休セテ後用ユベシ
水ニ溺レタル人ニ枯礬ヲ用ルハ吐ヲ取ルノ手叚也
江州(※)何某候ノ侍医中里中庵ノ話ニ其国ノ人金井某ノ小 兒或時後苑ニ遊テ天南星ノ実ヲ採食シ大ニ瞑眩シテ呼吸 ヲツキツメ黒涎ヲ吐キ言コト能スシテ只ギクギクト云ヘル ヲ見テモリシテアリシ若党(※)モ己カ罪也トテ同ク採食シテ 大ニ苦悩セリ時ニ中庵工夫シテ生姜汁ヲ■(※)ギシカハ両人 トモ頓ニ醒タリト也姜汁ノ中假リニ天花粉ヲ入シトナリ

※江州(ゴウシュウ)-近江国の異称。
※若党(ワカトウ)-①若い侍。②若い従者。③武士が雇った使用人のことで、身分によって若党、中間、小者などがあった。
※■-さんずい、草冠に隹という字。「灌ぎ」であろうか。

白鳥ヲ食スレハ大ニ歯ヲ損スルモノ也野猪肉ヲ食スル モ亦然リスヘテ肉類ヲ多食スレハ熱ヲ生スルモノ也
舩ニヱフ(※)テ水ヲ吐キナトスルヲ舩注ト云此注字ハ水注〔イレ〕 ノ注ニテ水ヲ吐処ヨリ取シモノ也只舩ニヱフタルハ舩 暈也全体ハ水ヲ吐ヌモノヲ舩注トハ云カタキモノ也
巴豆ニマケル人ハ漆ニハ左ホトニマケヌ漆ニマケル人 ハ巴豆ニハ左ホトマケヌモノ也コレ猶雷ヲ強ク畏ルル 人ハ地震ニハ余リ畏レズ地震ヲ強ク畏ルル人ハ雷ニハ 余リ畏レサルカ如シ
総シテ人ハ十九二十九三十九四十九ナトト云処ニテ用心

※ヱフ-古語で、酔ふ。

スヘシ兎角九字ノ付タル処ハ大関係ナリ
一富商ノ母年病ヲ得テ寒熱羸痩不食思慮舒暢セズ理気 湯加柴ヲ用イ出養生ヲススメテ叚々論説シテ移性変気サ セタルニヨリ心志ハ余ホド舒達セリ扨其人初ヨリ痔ア リトテ未ダ予ガ治ニナラザルサキ一医其痔ヲ療ズルノ 方剤ヲ処シタレトモ其瘡ヲ見セザルユヘ医モ其イヨイヨ 痔ナルヤ否ヲ知ラズ今ニ至テ依然タリト也予色々気ヲ 付ケ見ルニ兎角結毒ノ候アリ故ニ嘲戯半分ノヤウニシテ 此病人ハカサカキ也是ニテハ追付鼻モクヅレンナドト 云ヌ痔アレバ其隣ユヘ定テ陰門ヘモタダレナド付ベシ

※カサカキ-瘡掻き。できもののできている人。特に梅毒にかかっている人。

ナドト余処ナガラニタヅヌレトモ初ノ内ハ只笑ヤフニシテ 其実ヲ云ズ叚々説ク内少シハ其ハシハシヲ明スニ至ル 故ニイヨイヨ梅毒ナリシコトヲ察シタリ且時々下血スル コトアリテ身中少ク黄色アルニヨリ一日三度ツツ鉄丸ヲ 用イ其一度ノ中ヘ白丸子一粒ツツヲマジヘ服セシメテ 漸々ニ起臥モ自由ニナリ満身ニバラバラト毒ヲフキ出 シタリ
一貴人若君年既ニ九歳ナレトモ従来多病ニテ其平日ノ状 三四歳ノ兒ノナストコロノ如シ然シテ皮甲錯シ胸前突起 シテ既ニ亀胸ノ形アリ且小便頻数ニシテ連夜尿床ノ患アリ

故ニ侍女ヲシテカワルカワル寐スシテコレヲ防ガシムト 云ヘトモ少シク隙アル寸ハヤガテ遺失セラル諸医下元ノ 薄キユヘトシテ八味丸ナドヲ用トイヘトモ寸効ナシ予診視 スルニ頗毒候アリ因テ馬明湯ヲ進ムレハ数月ニシテ小水 頻ナルモノ遠クナリ遺失ノ患全愈ヘ亀胸漸ヲ以テ平ナ ルニオモムケリ
結毒アル人得テハ胸痛ヲ患フルコト多シ去ナガラ是ニハ 只敗毒類ノ薬ヲ用タルノミニテハ兎角ホドヨク治セヌ モノ也此症多クハ心下脇下ノ拘攣ニテ毒ヲシメコムコト 強キ故毒気結聚シテ痛ヲ発スル也故ニ其腹候ヲ詳ニシテ四

逆散合甘草乾姜湯等ノ薬ヲ用テ心下脇下ユルム時ハ立 ニ痛ヲ忘シ胸膈面部ナドヘ疹子ノ如キモノ発スル也此 等ノ処肝ヲユルムルヲ先トスルナリ
病人ノ肩カイナヨリ腕ナトヲ或サスリ或ツマミテ見ル コトハ皮膚肌肉ノシマリアンハイヲ知ンカ為也精ク見覚 ユレハ大抵是ニテモヨク虚実ノ分ルモノ也又全体ニ毒 アルモノナトハ其人ニヨリテ腕ノ内ツラニ隠々トシテ黒 キテモナク紫ニテモナキ斑点ノ如キモノノアルアリ是 ハ胸ナトニモアルモノ也又天庭ノ毒色ナトモ見ヘ易キ 者ハ黄色ナルニテモナケレトモ黄ハミタル如ク光ルテモ

ナケレトモ光ル如ク燥クテモナクシテ燥タルヤウニ見ヘテ 何トナク色悪キモノ也サレトモ又高貴ノ人ナトノ皮膚雪 白ナルニモヤハリ其白キ中ニ毒色ノ見ユルアリ毒ノ見 ヘカタキニ至テハ其診イ甚骨ヲルルモノ也トカク病人 ハ先望タル処ニテ大概其容子ヲ察スヘシ即四診ノ第一 也然ルヲ先脈ヨリシテワリ付ントスルハ僻コト也望ヨリ始 メテ脈腹ニ終ルヘシ切ト云ハ脈ヲ切■スルコトニテ腹診 モ其中ニコモレリト心得テヨシ
腋臭ヲ一且(※)防ニハ朝々湯ニテ下地ヲヨク洗テ蜜陀僧末 ヲスリコメハ当分ノ防ニハ成モノ也此症煎湯ヲ用テハ

※一且-一旦であろうか。

効ナキモノナリ
総シテ結毒アル腹候ハ皆心下ヘ聚ルモノニテ先大柴胡湯 ヲ用ル腹形ニ似タリサレトモ軽々ニ数遍ナテテミレバ何 トナク手ザハリニ違アリ此手ザハリノアンバイハ数年 自是ヲ病人ニ試テ意解神識スベシ格別手ツヨクヲシテ ハ反テ分ラヌモノ也胎毒ハモトヨリニテ小瘡■(※)瘡痘瘡 ノ内攻脚気等ノ諸毒悉ク心下ニ於テ其候ヲ見スモノ也 唯一ツクイ違タルモノハ天刑病ヲ患ル人ノ腹候也此症 既ニ面形色ヲ失イ合谷ノ処或肩ナドノ肉モオチタルモ ノハ果シテ其腹ハホカホカトシテ虚脱シタル腹ノ如ク妙

※■-病垂に黴の字。

ニ違モノ也サレトモ若真ノ天刑病ニアラズシテ血風ナドニ テ假ニ天刑ノ形ヲ見シタルモノハヤハリ結毒ノ候ア リ然レトモ結毒ヲ診候スルコト唯腹候ノミニハ限ラザルコト ユヘ天庭ノ血色皮膚ノ候舌候脈腹ナドヲ以テ参伍錯綜 ノ候イ得ベキコト也スベテ毒気心下ニ聚ル寸ハ其ヨリシ テ必胸中ヘ及ブモノ也故ニ心下ノ毒ヲサバクヲ本トハ スレトモ胸中ヘ聚ルコトノ甚シキモノハ先胸中ヲスカセバ 心下モ随テユルム也或ハ先心下ヨリ治シ或先胸中ヨリ サバク此処ニ於テ病ノ位ヲ弁ズルコトト術ノ先後ヲナス 処ニ力ヲ用子バナラヌコト也右諸毒ニ家用ノ羚羊角或犀

角ナド用ニハココノ道理ヲヨク弁フベキコト也世医只毒 アルユヘ犀角ナド用テ其毒ヲ解ズルトバカリ思バ上ス ヘリト云ベシ毒アレバ必ソレヘサシテ水気アツマリ其 水気ニテトヂルニ因テ毒イヨイヨ解スルコト能ハス故 ニ犀角ナドヲ以テ其水気ノ胸膈ヘシマリタル処ヲスカ シサハケバ毒気モ自然ニ解スル也コレニ因テ毒気ナク シテ唯水気ハカリノ処ヘモ羚羊角犀角ナトハ用ルコト也宋 元ノ時分ヨリシテ癇症ニ直ニ羚羊犀角ナドヲ用タルモア リ毒ノ有無ニ拘ラザルコト是ヲ以テモ知ベシ総シテノ薬能 ヲ弁ズルニモ種々ニ用タル処ヲ錯綜シテ見テ其本ヅク処

ヲ会得スベキコト也先何レモ角類ハ専ラ胸中ヘ行クモノ ニテ今一ニハ家用羚羊ナドハ末ニモ走リテ手足ノ骨節 ニ毒ヲシメタル処ヲサバクノ能アル也梅毒ナドハイタ ミハ下部ニアリテモ必心下ノ容子違テアルモノナリ天 庭ノアタリニ黯色アルヲ相家ニテハ病色ト云也是ハ思 慮欝結スル人ニアルモノニテ欝結開ク時ハ其色自消ス ルナリ
土骨皮ハヨク関節ヲ疎通スルユヘ解毒ノコトニ効アル也 家用ノ羚羊角ハ結毒ノ骨腫ヲ治シ并ニ頭部ノムクムク ト高クナリタルナドヲモ治ス同類相求ノ意ニテ先骨ニ

入タル毒ヲ主治シ其傍胸膈ノ飲ヲモヨクサバクノ能ア リ何レ此類ハ草根木皮ノ及ザル処ヲ治スルモトノ心得 ベシ
大抵四十歳許前後ノ処ニテ肩背臂肘ナト痛ノ患アル者 ナリ此症ニ外科正宗ナトニハ芒硝剤ヲ用タル処アリ此 等ノ了簡ハ今一イキ面白カラヌコト也ヤハリ脈腹ニ本ツ ケテ方ヲ処スヘシ
家方三物湯ハモト摂州山田ノ或俗家ノ癰薬也其近辺癰 ヲ患フルモノ医ニ求メズシテ皆此薬ヲ用ユ故ニ其家此方 ヲ以テ大ニ冨ヲナス是ヲ以テ甚其薬方ヲ秘メ世ニ伝ス

必子カイ立チヨリノ家来ノ最謹慎ナルヲ撰テ製薬ヲ主 ラシム即其家来自ラ山ニ上テ薬ヲ採リ極細製ニシテ布袋 ニ入上ヲ封シテ病家ニ与ヘ其煎シ滓ヲモトヘカヘヘサシム モシ又病家ニテ開キ見テモ極細製ユヘ知レズ其製薬ノ 役ヲヨク努シモノニハ田畑ヲ取ラセテ妻子カケテ四五 口モ安楽ニ暮ラサシム其家来ノ中一人大病ヲ患ヘ予ガ 兄公ノ療治ニテ全快ヲ得テ殊ニ其恩義ヲ思フアリコレ ヨリ前兄公色々シテ此癰薬ノ方ヲ得ンコトヲ欲スレトモ未ダ コレヲ得ズ然ルニ右ノ病人叚々全快シタルニツケテ何 コトニテナリトモ活命ノ恩ヲ謝シタキ由ヲ云ヘルニヨリ

テ右ノ薬方ヲ望シニ此男謹慎家ニテ叚々右ノ家法ノワ ケ合トモヲ云何分他ヘ伝ヘガタク既自身スラ主家ヲ退テ ヨリハ調合シテ世ニヒロムルコト成ラズコレガ為ニ別ニ田 畑ヲ分テヤスク世ヲ渡ルコトヲ得然ルヲ他ニ伝テハ主家 ヘ対シ大ニ道ニ背キシカラハトテ今此思ヲ蒙リテコレ ヲ伝ヘザルモ義ニ於テ欠ルコトアリトテ其薬方ヲ書付テ ワザトオトシテ拾ハセタリ是即今用ル処ノ三物湯也此 薬全体癰ニ用ルニハ半紙二ツ切ニシテ其帋ニ円クナルホ トノ大剤ニ調合シ水五合入煎シテ二合半ニ至リ一日二貼 ホドツツ用ユ若煎汁多シテノミカヌルモノニハヨク煎シ

ツメテ用ユ初ヨリコレヲ用レハ灸或ヤキカ子ナドセズ シテ始終此薬一方ニテ大抵ハスム也コレヲ用レバ暫時ニ 高ク焮腫(※)シテ蜂巣ノ如ク穴アキテ水出ル也潰爛ニ至ルト キニハ腐肉トロトロトシテ取レテ生肉上ル也此薬肉ヲ 通シ血分ヲ通ズルト見ユ畢竟疎通ノ剤ナルユヘヨク内 托スルト見ユ実ニ霊方也其薬ノ尋常ナルヲ以テコレヲ 軽視スベカラズ先功用ノ著キコトハ瘭疽ナドニ用テ甚効 アリ又飯タキノ女ナドノ指ノサキノイタムニ用ユレバ ワヅカ二三貼モ用ル中ニブツツリト腫上ル也故ニ風毒 流注ノ未ダ潰ザルモノニ用レバ消スベキハ消シ潰ユベ

※焮腫(キンシュ)-熱をもった腫物。

キハ潰ユ此症未タ膿ヲ成ザル者消散サセタク思ニハ内 此薬ヲ服シテ外ヨリハ外科正宗ノ琥珀膏ヲ貼シテヨシ此膏 ハ酒及大蒜ノヲモニキクモノト見ユ外々ノ薬味ト大蒜 ト等分ホドニシテスリ合セ酒ニテトロトロトトキ火ニテ 少シアタタメテ腫物ノ上ヘヌリ付テモミ紙ヲ蓋ニシテヲ ケバヨク散ルモノ也三物湯ハ風毒骨節疼痛ノ動カヌニ モ用ユ又婦人肝気高キモノナド小児ニ乳ヲカマレテ其 アト乳房ノ処切マハリ裂ナドヲ愈ザルモノニモ用ユ火 気強キニハ大黄ヲ加フ此等ハ皆ヤハリ常ニ調合スル処 ノ大剤ニシテ用ルコト也風毒ノ陰腫ニテ色ノ付ヌハ得テハ

痰腫カト思モノナリ
風毒ニ牽牛ノ入剤ヲ用ルハコジ付テカムガ如クニ痛ニ 用ルコト也勿論壮実ノ人ニアラザレバ用ベカラズ 総シテ解毒ノ薬ト云コトニ付テ心得ヘキコトアリ先諸薬物ハ 本ヨリニテ凡天地間ノ物皆其レ其レニ天性ノ能アル中 間ニ又格別ノ能ニテ或相好シ或相悪ミ相剋スルナトア リ俗ニモ云漆千石ニ蟹ノ足一本ナトノ如ク多クノ漆ノ 中ヘ少シ蟹ヲ入テモ其漆ハ水ノヤウニナリ又南星半夏 ノ毒ニアタリ甚瞑眩スル者ニ生姜ノ絞リ汁ヲ飲スレハ 頓ニ治シ又金ノ灰吹ヲスルニ逢砂少ヲ入レハ其ニテ金

ヲ■キシメテ散ラサス油ニ香ヲ留ムルニ何ニモノカ入 レハ留リ入サレハ煮ニ随テ香モ失セルト云ヤウニ外ノ 物ニテシテ出キス外ノ処ヘツカウテ其功ナク只其物ニ 限テ別ニ相制スル処アルモノハ直ニサシツケテ蟹ハ漆 毒ヲ解ストナリトモ生姜ハ南星半夏ノ毒ヲ解ストナリトモ 心得テヨシ此等ハ格別ノ功能ニテ畢竟天性ノ別方也故 ニ彼諸毒ヲ解スナトト云ヘルモノト一例ヲ以テハ云カ タシ然ヲ一概ニ心得ルハ水ブタノヌケヌ医ト云モノ也 先一角犀角ナトヲ只解毒ノモノトスルカ如キ医事ニ於 テ甚害アルコト也此物ナト麻疹及小瘡ノ内攻等症ニ用タ

ル処ニテハ只解毒トノミ云ハナシテモスメトモ脚気水腫 ナトニ至テハ解毒トハカリハ云カタシ故ニ世医此症ナ トニハ余リ用ス又間ニ用ル人ハ脚気ノ水毒ヲ解スルナ トト云処ヘヲシ付ルコトナリナルホド水気ノ聚テ祟ヲナ スナレハ其ヲサシテ毒ト云ヘハ毒ノヤウナルモノナレ トモ脚気モ水腫モ停飲モ同ク水ノ祟リニテ別ニ一毒アル ニハアラス畢竟ワケナシニ此等ノ物ヲ只解毒ノコトトハ カリスル故右体ニワザセマクナリテ用場モ不自由ニナ ルナリ故ニ医事ニ害アリトハ云也右ノ一物ハ専ラ胸膈 心肺ノ間ヲ峻ニスカスノ能アル故脚気ナトノ胸膈ニ多

ク飲ヲ畜タル処ヲモ利シ其他ヲシマワシテハ解毒ニモ 成モノニテ全ク毒ノ有無ニ拘リ用ルコトニハ非ス総シテ胸 膈ヲ峻ニスカスモノハ何レモ皆推マワシテ解毒ノ功ア ルモノナリサレトモ其物々ニテ性ニ異同アリ力ラニ優 劣アル故一角犀角ナトハ石羔大黄麻黄檳榔ナトノゴト キ草根木皮ノヲヨバザル処ヘ行也又甘草ハ諸薬ノ毒ヲ 解スルト云モ此物ヨク心下ヲユルメル故ナリ甘草ノヨ ク諸腫物ノ痛ヲ止ムルモヨクユルムルノ能アルヲ以テ ナリ又竜脳麝香丁香草揆(※)胡椒木香薄荷藿香香薷ナトノ 如キモ同ク香竄ノ物ニテ皆胸膈ヲスカシヒラクモノ故

※草揆-不明。続く文中には草椒とある。
※藿香(カッコウ)
※香薷(コウジュ)

ヲシマワシテハ何モ解毒ノ功アリ其中竜麝ハ最スルト ク草椒コレニ次キ木薄藿薷ハ又其次ナリ如此解セサレ ハ解毒ノコトサシツカユル処アリ予往年或医生ト一角犀 角ヲ始トシテ其他諸毒ヲ解スルト云薬品ヲ論シタルニ 其生説ヲ張テ実ニ解毒スルモノ也ト云ヘリ故予排毒散 ヲ示シテ此方中ニヨク毒ヲ敗ルノ品アリヤト問シカハ 答ユルコト能サリキ総シテ解毒ノコト此方意ナトヲ以テ会得 スヘシ羗活独活前胡柴胡桔梗枳売(※)茯苓薄荷川芎甘草人 参生姜一トシテツキツケ毒ヲ敗ルヘキモノナクシテ敗毒ヲ以 命名シタルモノハ只ヨク胸膈ヲスカシ開クヲ以ノ故也

※枳売-枳殻であろうか、枳実であろうか。

蕉窓雑話四編終